というわけで5月6日に栄光のアメリカ50州制覇を終えて日本に凱旋帰国したばかりであったが、実はその帰国は単なるストップオーバーにすぎなかった。中1日おいた5月8日には裏の仕事の都合で地球を逆回りするヨーロッパツアーが待っていたのだ。
2002年5月8日(水)
会社から買い与えられていたエコノミー・ゾーン・ペックス運賃の航空券からFTBが独自に準備したアップグレード券を使ってビジネスクラスにアップグレードするとANA201便ロンドン行きのANA Super Styleボーイング747‐400機に颯爽と搭乗した。ANAのロンドン便のビジネスクラスのシートは最近フルフラットになったそうなのでどうしてもそれを体験する必要があったからだ。
座席の方は噂に違わぬ実力を発揮してくれた。動きはすべて電動になっており、多少の角度は残っているもののほとんど水平感が保たれたフルフラットであり、しかもマッサージ機能までついていやがった。約12時間をここで過ごした後、飛行機はロンドンヒースロー空港に到着した。ヒースロー空港は広い!ダブリン行きの飛行機への乗り継ぎ時間がわずか1時間半しかなく、しかもターミナルを間違えてしまったのでシャトルバスで引き返した後、ヒースロー国際マラソンにヒ~、ヒ~言~ながら参加する羽目になってしまった。当然私がトップでゴールするものと思っていたが、搭乗ゲートにはすでにたくさんの乗客が列をなしていた。
ヒースローからブリティッシュミッドランド航空に乗り換え、ダブリン空港に到着したのは午後7時過ぎであったろう。空港からタクシーでホテルまで向かい、チェックインをすますと着いたばかりなのに早速市内の探索に乗り出すことになった。樺太と同じ緯度にあるダブリンはこの時期は夜遅くまで明るいのでとりあえず夜が暮れるまでぶらぶらすることにした。市街地を歩いていると明日のジョーが力石徹をあの世へ送ったテンプルへの一撃が私のこめかみを襲ったような感覚に見舞われた。これはいったいどういうことなのか?と思い、あたりを見回すとそこにはTemple Barという街看板が設置されており、ダブリンでもっともにぎやかなTemple Barに紛れ込んでいることに気づかされた。
Temple Barはアーチストの多いダブリンのなかでも最先端を行く文化発信地であり、多くのバーやパブで賑わいを見せている。バーの中では最新のロックミュージックや民族音楽が演奏されており、石畳の通りを歩いているとまるでニューオリンズのバーボンストリートx40%くらいの感じがするが、カズの言うように腐ったバーボンの臭いがするかわりに多くのGuinessの看板が目に付いた。
5月9日(木)
午後7時半頃仕事を終えて戻ってくると今日も街へ繰り出すことにした。ダブリンの中心にオコンネル通りがあり、ランドマークとしてオコンネル像が立ちはだかっている。ダニエル・オコンネルは19世紀前半にカトリック開放運動を行い、アイルランド独立の象徴となっている偉い人だそうだ。街を歩くといたるところで緑色のサッカーユニフォームを目にする。やはりここもワールドカップ熱は盛り上がっており、日韓へのツアーの宣伝も各旅行代理店で目にする事が出来るのだ。しかし、オコンネル通りは夜になるとひったくりが多いらしいので観光客はディフェンスを固めなければならないと言われている。
5月10日(金)
ダブリン市内は2階建て(ダブルデッカー)のバスが市民の足となっており、また、たくさんの市内観光のツアーバスが走っている。その中でもダブリンバスが誇りとする世界でここしかないゴーストバスツアー(EURO 20.-)に参加することにした。1000年以上の歴史を誇るダブリンはドラキュラの作者プラム・ストーカーの出身地でもあり、幽霊や怪奇現象にまつわる話が数多くあるのでダブりンくんだりまで来てこのツアーに参加しなければダブリンに来た意味がないといわれているのだ!
夜8時にダブリンバスのオフィスに集合すると参加者はゴーストバスツアー専用に装飾されている薄気味の悪いバスに乗り込み、日本のタモリをほうふつとさせるジェームスと名乗るストーリーテラーのの注意事項に耳を傾けなければならない。このバスは非常時であっても決して上から酸素マスクは降りてこないので観光客は心して参加しろと念を押されてしまった。
バスは市内有数の心霊スポットを2時間15分かけて回り、途中不気味な墓地と古い教会を散策させられて参加者を恐怖のどん底におとしいれるのだ! 名調子で話を進めるストーリーテラーのジェームスはいきなり参加者の耳元で大声を出したり、頭を掴んだりして恐怖感をあおり参加者を爆笑の渦に巻き込んだりするが、このツアーは一見するとお笑いバスツアーの側面も持っており、1粒で2度おいしい非常にコストパフォーマンスのすぐれたものである。尚、このバスに乗って街を走っていると通りを行き過ぎる60%くらいの人が指をさして笑っている姿を見ることも出来る。
5月11日(土)
飛行機の出発時間が夕方の5時だったため、それまでの時間を市内観光にあてることにした。テンプル・バーでもそうであったが、ダブリンでは街のあちこちにバーがあり、必ずGuinessの看板を目にすることになる。そう、ここダブリンはギネス発祥の地であり、且つ、ギネスの城下町なのだ!市の中心部には巨大なギネスの工場があり、その一角に観光客に開放されているギネスストアハウスというファシリティがあったので見物することにした。
ギネスストアハウスは入場料(EURO 12.-)を支払うとチケットの代わりに直径5cm程度のプラスチック性のタブレットの中にギネスの現役を1滴封じ込めたものをお土産としてもらえる。ここではギネスの製造工程や1759年にアーサー・ギネスが商売を立ち上げてから今日までのギネスの発展の歴史を学習することが出来る。当然お決まりのギネスのテイスティングのコーナーもクライマックスに待ち構えているわけで、マサであればここに入場後わずか数秒間でテイスティングコーナーに到着し、パイントグラスで供給されるギネスを次々と飲み干しいち早くクダを撒いたという記録を作り、ギネスブックに載っていたことであろうと思われた。
市の中心部にダブリン城がそびえている。ダブリンという街の名前は現在のダブリン城の庭にあった「黒い水溜り」=ヴァイキングの言葉でDubh linnに由来すると言われている。しかし、現在では当然黒い水溜りはなくなっており、その代わりにギネスビールが人々に親しまれるようになったのではないかと思われた。
アイルランド マニアック情報
*アイルランドではテンプルバーに限らずバーやパブが市内のあちこちに存在し、毎夜数多くの酔っ払いを輩出している世界有数の酒飲み大国である。
*アイルランドの歴史は古く、世界遺産にも登録されている遺跡が国のあちこちに点在している。ダブリンの近郊60km位のところにニューグレンジという遺跡がある。この遺跡はボイン川流域の丘陵に位置しており、遺跡はともかくボイン川にはどうしても行きたいと思っていたのだが、今回は行けなかった。ボイン川には細川ふみえ、小池栄子、叶姉妹等の巨乳系のギャルが上流から絶え間なく流れてくると思えたからだ!
次回FTBはFTBJ炎の離島ツアー第?弾 in 壱岐をお送りする予定です。