アロハ マサよ、ハワイ湯!
ということで何かとしがらみの多いこのシーズンであるが、日本にいるとクリスチャンでもないのにクリスマスの喧騒にうっかり流されてしまいがちになってしまうことであろう。また、今週末から来週にかけて日本列島は寒波に見舞われることが予想され、南国育ちの私には絶えがたい状況となることは間違いない。そこで今回はFTBが誇る人気シリーズ「炎の離島デスマッチ」を海外にまで展開し、今回はハワイ島で開催することに相成ったのだ。
2002年12月20日(金)
20:50に出発が予定されているJAL070便コナ行きに搭乗すべく、成田空港のJALチェックインカウンターで19:00ごろチェックインをしようとしていたところ、いきなり飛行機の出発時刻が22:20に変更されてしまった。しかしながら、JALは開業50周年のノウハウを十分に駆使し、搭乗客に¥1,500相当のお食事券をばらまいてカスタマーサティスファクションに勤め、偽装牛肉を販売してお客に代金を返金していた西友とは一味違った対応を取っていた。
航空業界で最も美しい機体を誇るといわれるマクダネル・ダグラス社製DC-10に搭乗すると6時間程度でハワイの上空に差し掛かった。上空からは高層ビルの林立するホノルルのワイキキビーチやダイヤモンドヘッド、モロカイ島、ラナイ島、マウイ島の美しい景色をパノラマのように堪能することが出来た。
午前10時前にコナ国際空港に到着すると入国審査をとっとと済ませ、空港のハーツでレンタカーをピックアップすることにした。これはハワイ島に到着してから判明したことだが、ここには一切の公共交通機関がなく、観光客は現地のツアーかタクシーかレンタカーを使用しなければならないのだ。レンタカーの予約を明日からにしておいた私はここでクイックディシジョンを行い、ハーツのカウンターで交渉して何とか予約を前倒しにすることに成功し、しかも通常のコンパクトカーではなく今回は赤いジープをせしめることに成功した。
コナ国際空港から海沿いを北に向かってジープを走らせるとあたり一面黒い溶岩に覆われた景色が目に飛び込んでくるため、この島が世界有数の火山島であることを容易に体感することが出来る。今日の宿泊先はハワイ島西海岸のワイコロアビーチリゾートに君臨するヒルトンワイコロアビレッジを予約しておいたので早速そこに向かうことにした。ヒルトンワイコロアビレッジはヒルトンホテルズのリゾートテクノロジーの総力を結集し、総工費3億6千万ドルをかけて25.5ヘクタールの溶岩台地を切り開いて作られたスーパーメガリゾートなのだ。ヒルトンHオーナーズのシルバー会員として活躍している私はマサであれば$469.-かかるところをただで1泊できる権利を有していたので今日は日がな一日ここでくつろがせていただくことにした。
ちなみにこのホテルのファシリティであるが、敷地内には鉄道が敷かれ、運河が流れているため、ロビーから客室が入っている各種タワーまではトラムか船か徒歩で行くことが出来るようになっている。また、3箇所のプールでは親子連れが戯れ、プライベートビーチを見下ろす海辺にはデッキチェアやハンモックが掛かっており、多くのリゾート野朗が波の音と鳥のさえずりをBGMに昼寝や読書をしながら贅沢な時間を過ごしていた。
ホテルの敷地の中央に海水を引き込んだイルカ用のプールがあった。ライフジャケットを身にまとった子供達や親子連れがインストラクターとともに何かを始めようとしているようだった。プールの中には数頭のイルカが手ぐずねを引いており、てっきりイルカと一緒に「なごり雪」の大合唱でもおっぱじめるのかと思っていたのだが、このアクティビティは当ホテルが誇るドルフィンクエストという単なるイルカとの戯れの機会提供にすぎなかった。
ホテル内のいたるところにはなぜか仏像等のオリエンタル美術品が配置されており、ブッダポイントと呼ばれる太平洋を見下ろす風光明媚な場所には大型の仏陀が鎮座していた。ホテルの夜の催し物としてお約束のハワイアンソングとフラダンスや危険な火炎バトン振り回しショーがしめやかに執り行われ、更けゆくハワイの夜を彩っていた。
12月21日(土)
朝起き抜けにビーチ沿いの椰子の木に掛けられているハンモックに寝そべりうだうだとした時間を過ごした後、ホテルをチェックアウトするとハワイ島西海岸最大の繁華街であるカイルア・コナに向かった。カイルア・コナはハワイ王朝初期には都があったところであり、カメハメハ大王が晩年を過ごした街として有名である。街の雰囲気はギラギラしたホノルルとは異なり、小ぢんまりとしかものんびりとした港町の風情を醸し出しているのでリゾート気分に浸らなければならないという強迫観念にとらわれずにゆったりと観光に励むことが出来るのだ。
今日は到着2日目ということもあり、Wrangler Jeepもそろそろそのポテンシャルを発揮したがっていたので午後からハワイ島を一周することにした。ハワイ島はBig Islandと呼ばれ、他のハワイの島々の合計よりも広い面積を誇り、大きさは四国の半分程の島である。コナ方面から海岸沿いに南向きに進路を取り、島の最南部を抜け、北東部方面に向かい始めたところで島の雰囲気が一変したことに気がついた。ハワイ島中心部北から南には4000m級の山が2峰連なっており、それぞれマウナケア山(4205m)、マウナロア山(4170m)と呼ばれている。この連山を境に西と東では気候が全く違っており、雨が少なくコーヒーの栽培に最適な砂漠性気候の西と異なり、東海岸は世界有数の多雨地帯として熱帯植物が繁茂しているのだ。
日本に君臨している大王は「つけめん大王」であるが、ハワイの大王といえば誰に聞いてもカメハメハ大王である。ということで、夕暮れ時に島の最北部のカパアウという街にカメハメハ大王像を見に行ってきた。この大王の銅像といえばホノルルのダウンタウンにあるものが最も有名であるが、実はオリジナルは大王生誕の地であるここカパアウに設置されてあるものだそうだ。1883年にイタリアのフィレンツェに発注して作成された象は、ハワイに運ばれる途中で海に沈んでしまい、そのためもう一度発注し直したのがホノルルにある大王像だそうだ。その後、海の底から引き上げられた像が王の生誕地であるここに落ち着いたというわけである。
今日の宿泊地は島北部のハワイ島で3番目に大きな都市であるワイメアのKamuela Innというところを予約したおいた。ワイメアはマウナケア山麓の高原都市であり、夜になるとホシ伊東とハッピーアンドブルーが歌う「星降る街角」が出現する空気のきれいな街である。ところでマウナケア山頂は、安定した気流と澄み切った空気、光害の無さなど、好条件がそろった最高の天体観測場所として有名で、世界各国からの天文台が集まっている。日本がはじめて海外に建設した世界最大級の望遠鏡「すばる」もここに設置されている。ところでStargazing Tourといってマウナケア山頂にジープで登って星空を探索するツアーが人気となっているらしいのだが、このツアーに参加するためにはツアーデスクで谷村新司よろしく♪わ~れもゆく♪といえば誰でも参加出来ることが確認出来た。
12月22日(日)
昨日チェックインしたKamuela Innはモーテルではなく、実はB&Bだったので朝食としてもみじ饅頭でも出てくるのかと期待していたのだが、用意されていたのは普通のコンチネンタルブレックファストだった。朝7時半ごろKamuela Innを出て島を東周りに2/5周ほどすると世界でもっともエキサイティングな活火山として有名な世界遺産にも認定されているハワイ火山国立公園($10.-/Car)に9時半頃到着した。まず、園内のビジターセンターでキラウエア山の噴火の歴史を軽く学習したあと、早速キラウエアカルデラの周辺を走るクレーターリムドライブを走り、さらに海側に向かってのびるチェーンオブクレーターロードを下ることにした。このロードは標高1200mから数多くの連なるように存在しているクレーターを横目に一気に太平洋岸まで下りることの出来る22マイルにも渡る風光明媚な道である。道の終点は今年の9月に流れ出た溶岩でさえぎられ、そこから徒歩で溶岩が太平洋に流れ落ちている様子を見学出来る地点までコールタール状に不気味にに黒光りする溶岩の上を進んで行かなければならない。
溶岩が海に流れ落ちている地点からは不気味な水蒸気がもくもくと上がっており、風に乗って舞い上がっている海水と火山灰は容赦なく観光客に降り注ぎ、また、有毒な火山性ガスにより、まともに目を開けているのが難しい状態でこの地球上の営みを観察しなければならない。
今日のところは午前中でハワイ火山国立公園を後にすることにして、午後から再び西海岸にあるプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園($5.-/Car)を訪問することにした。ここは古代ハワイアンの暮らしぶりを再現した公園で園内には魔よけと思われるオブジェやトーテムポール、アウトリガーと呼ばれるカヌー状の船等さまざまなハワイアンの小道具が展示されていた。また、Green Turtleと呼ばれる海亀が砂浜で昼寝をしているので決してこの亀をいじめたり、背中に乗って竜宮城まで案内させてはいけないことになっていた。
再び島をぐるっと回って東海岸に帰ってきた。心なしか♪メリージェ-ン♪のようなノスタルジックな感傷をおぼえたころハワイ州第二の都市であるヒロの都心部に入り込んでいることに気づかされた。ヒロはツノダヒロのような日系人(日系人かこいつは・・・??)が作った街でいたるところに日本語を連想させるファシリティが存在している。日本の築地魚市場に相当するSUISANという市場では毎朝セリが行なわれ、そのとなりのジャパニーズレストランは「日本」という名前で営業活動に励んでいた。
今日の宿泊地であるビーチ沿いのヒロハワイアンホテルにチェックインするとホテルのレストランは日本からの団体旅行客でごった返しており、私もひとやまいくら?程度の扱いを受けそうだったのでとなりのUncle BillyというSeafood & Steakレストランにエスケープすることにした。このレストランで提供されるCatch of the Dayという魚のメニューは当然SUISAN直送であるため新鮮さが保証されている。しかもレストランの内部にはステージが設置されてあり、午後8時からハワイアンソングのライブと腰を高速で動かすことが出来るフラダンスを目の前で堪能することが出来るのだ。
12月23日(月)
ヒロは雨の都という異名を持ち、年間降雨量3400mmを誇っている。昨晩から今朝にかけても雨が降り続いており、ハワイ火山国立公園に到着した午前8時過ぎになっても雨は止んでくれなかった。仕方なくビジターセンターで各種の火山系の展示物を見たり、Auditoriumで噴火の映像を見ながら時間をつぶし、ついには車の中でうとうとしていたところ、太陽の光により午前10時過ぎに目を開けさせられた。
今日はキラウエア火口を取り巻くクレイターリムの細部を観察することに午前中の時間を費やしていた。キラウエアが最近噴火したのは1982年に遡るのだが、それ以前にも何度か大噴火を経験している。クレイターリムには噴出した溶岩の歴史が年次別に示されており、火口内部は未だに活動を続けている様子で異様な臭いがする硫黄ガスや小刻みに噴煙を上げているポイントを数多く観察することが出来る。
午後から、昨日に引き続き、チェーンオブクレーターロードを南下して溶岩が海に流れ出る様子を見に行って来た。この地点は火山の活動状況により、真っ赤に流れ出る溶岩を目の前で観察出来る世界でも唯一のスポットであるのだが、今回は残念ながらすでに黒くなっているコールタール状の溶岩や牛の糞のような形状の枯れた溶岩しか見ることが出来なかった。
また、この地点の上空には高値で観光客を拾ってきた多くのヘリコプターやセスナ機が旋回を繰り返していた。
12月24日(火)
ヒロ市内から車を飛ばしてコナ空港に帰る道すがら、プウコホラ・ヘイアウ・ナショナルヒストリック・サイトに立ち寄り、おびただしい数の石垣で構成されている古代ハワイアンの寺院跡を見学させていただき、カメハメハ王朝の栄華の一端を垣間見ることに成功した。
ホノルルよりすばらしいハワイ島情報
*ハワイ島で自由に動き回るためにはレンタカーを借りるしか方法がなく、非常に不便な島なのだが、それがかえってホノルルのようなミーハー観光客を少なくしている要因になっているのだ。
*日本語のハワイ島観光パンフレットに「マサシの世界遺産真っ赤な溶岩トロトロツアー」というツアーが誇らしげに掲載されていた。このツアーはガイドであるマサシ・(ツカモト)ナカタ=合衆国連邦航空局飛行教官(CFI)がキラウエア火山の溶岩ツアーを日本語で安全に案内するという溶岩が流れているときの限定ツアーである。このツアーに対抗するためには「マサの財務省人間関係ドロドロツアー」を塩爺が流されるとき限定で行なうしかないものと思われた。
*ハワイ島コナ地方の特産品であるコナコーヒーはインスタントコーヒーのように粉っぽいのかと思ってたのだが、何のことはない普通のアメリカンコーヒーだった。
FTBサマリー
総飛行機代 ¥110,610
総宿泊費 $277.44
総レンタカー代 $440.07
総ガソリン代 $94.30
総走行距離 1,271マイル
次回はFTBJ炎の離島デスマッチ第?弾 in 八丈島のキョンをお送りする予定です。