マサよ、君はどん底から見事に生還を果たすという離れ業をやってのけたことがあるか!?
私は・・・・・・這い上がって来たぜ!!!
ということで、高級財務官僚という定温のぬるま湯にどっぷりと浸かっているマサが忘れかけているであろう自ら試練に立ち向かうという姿勢を実践するためにかねてから達成しなければならないと考えていたどん底の様子を垣間見て、そこから這い上がってくるという計画をとうとう実行に移す機会がやってきた。
2月4日(金)
機材到着の遅れにより、1時間程の出発の遅延を余儀なくされたANA006便ロサンゼルス行きB747-400機は、米国での乗り継ぎ便に間に合わないとスチュワーデスにいちゃもんをつけている1人の乗客の意向に関係なく午前10時半ごろに着陸した。ロサンゼルスからUA6522便に乗り換えると1時間程度のフライトでフェニックス、スカイ・ハーバー空港に3時半に到着することに成功した。
早速ハーツで洗車の行き届いていないシボレー・キャバリエをレンタルするとI-17を北に進路をとり、本日の宿泊先であり、グランド・キャニオンのゲートシティとなっているフラッグスタッフを目指した。バックミラー越しに見るアリゾナの大地に沈む夕日のダイナミズムを感じながら、軽く150マイル程度のドライブで午後7時ごろ予約しておいたHampton Innに到着した。今日は時間も時間なので近隣のデニーズで軽くステーキと小エビのフライを肴に飯を食い、来るべく試練に対応すべく体力を温存するためにとっとと寝ることにした。
2月5日(土)
数多くの大リーグ球団のスプリングキャンプ地にもなっており、サボテンで有名なアリゾナ州というと温暖な気候がイメージされるが、アリゾナ北部は標高が高いために降雪もある。明け方には氷点下に冷え込むため、朝起きるとお約束どおり車はカチンコチンに凍っていたのであった。何とか電子レンジを使うことなくキャバリエを解凍出来たので、フロントガラスの運転席側の氷が溶けるとFTB史上5度目となるグランド・キャニオンを目指すことにした。
US89号線の道路が凍結してしまっているかも知れないので用心しながら北に向かって車を走らせ、AZ-64号線を西に向かうとグランド・キャニオン国立公園($20.-/car)サウスリムの東口ゲートに到着した。そこからさらに30マイルくらい進むとついにグランド・キャニオンビレッジに侵入することが出来た。ブライトエンジェルロッジという宿泊施設にツアーのカウンターがあり、そこで谷底の宿泊施設の電話による予約再確認を怠ったにもかかわらず、キャンセルにならずに泊めていただける交渉に成功するとビレッジ内のMartに食料品や物品の買出しに向かった。
チョコレートパックや2L入りのゲーターレードや軍手、さらには靴に装着するClamponとうスパイク($11.97)を購入すると園内のシャトルバスを乗り継いでSouth Kaibab Trailに向かった。マイルドな時差ぼけ気分を引きずりながら、標高差1,433m、距離にして11.1kmのトレイルを下りはじめたのは午前11時過ぎの時間であったろう。ハイカーに踏みしめられた雪は危険なアイスバーンに変化を遂げており、氷にClamponの刃を突き立てながら慎重にスタートしたのだが、いつしか外れやすいClamponは役に立たないと気が付き始めたころ、雪はすっかり消えてなくなっていた。
トレイルを写真を撮りながらもどんどん下っていくと今まで遠巻きにしか見ることの出来なかったかすみのかかったあの赤茶けた岩肌群がはっきりと目の前に現れて来て、マサにグランド・キャニオンに来て峡谷内に入らないとグランド・キャニオンに来た意味がないと言われている所以が明らかになってくるのであった。標高が下がるに連れて気温が上がり、峡谷内には緑が多くなると同時に地層の違いによる岩肌の色の変化により鮮やかな色彩が目立ってきた。時には10数億年前に出来たであろう石につまづきながらも歩を進めていくとついにこの広大なキャニオンの彫刻家として名高いコロラド川のせせらぎが聞こえ、そのウーロン茶ミルクコーヒー色の濁流が姿を現した。一見すると普通の多摩川程度にしか見えない川であるのだが、この川が何十億年の歳月をかけて大地を削り取っていったのかと思うと体中の身の毛がよだたずにはいられなかった。
トレイルのクライマックスであるコロラド川にかかる鉄橋を渡り、キャニオンの北壁側の川沿いをしばし歩くとついに本日の目的地であるPhantom Ranchに2時半頃到着することに成功した。オフィスでPhantom Ranch (http://www.phantomranch.com/index.html)での私のActivityである男子寮($28.76)への宿泊、ステーキディナー($31.24)と翌朝の朝飯($17.47)を食うことを確認すると12番寮に荷物を置きに行った。上階の安定性が乏しい2階建てのベッドが5つある10人部屋はすでに先客群が取り仕切っていたので仕方なく2階のベッドを支配することにしたのだが、そこはキャニオンの崖から落ちるよりも落下のリスクが高いのではないかと思われるほど狭かったのだ。
気を取り直して念願であったグランド・キャニオンの谷底の散策を開始することにした。どん底ということで賽の河原のような暗い雰囲気を漂わせているのかと思っていたが、谷底は意外にも春の陽気であった。マサを平手打ちするのに最適なサボテンと緑の草木や花が生い茂るコロラド河岸はキャニオンの巨大な岩山に囲まれており、はるか上空の崖の上から多くの観光客に見下ろされている実感も特になかった。
5時から夕食の時間が始まった。夕食はステーキ組とシチュー組に分かれており、先攻のステーキ組がまず食堂の前に召集された。食堂に入る前に飯係りのYoung Manが何か面白い話はないかと聞いたところ、誰かが、コロラド川に流れ込む小川の3~4マイル上流でビーバーがエアコンではなくダムを作っていやがったと言った。するとYoung Manはそいつは13年まえから冬になるとそこにやってくる常連ビーバーなので見逃してやってくれとのたまった。半セルフサービス式ステーキディナーは人里離れた谷底で供される割には非常に美味であり、皆大満足の様相で語り合っていた。尚、谷底には他の日本人は誰もいなかったので久しぶりに日本人を見ずに平和なひと時を過ごすことが出来た。
夜になると深い谷底に静寂が訪れる・・・はずであった。
これ以上落ちることのない谷底から上を見ると澄んだ冬空には満天の希望の星が輝いていた。夜になるとすることが何もなくなり、しかも皆疲れているはずなのでとっとと寝るものと思われたのだが、眠れない見知らぬ男女が寮の外で夜通し私語に耽っていたので、うるさくてほとんど眠ることなく朝を迎えてしまい、マサにこれが人生のドン底と思い知らされた。
2月6日(日)
夜明け前の早朝5時に飯係りのYoung Manが5時半に朝飯を食わなければならない輩のためにわざわざ起こしにやって来た。眠れなかったおかげで2階のベッドから転げ落ちずに済んだのだが、毛布は半分ずり落ちていた。山登りの貴重なエネルギー源となるはずのアメリカンブレックファストを詰め込んだ後、懐中電灯を持ってこなかったので星の明かりを頼りにトレイルをゆっくりと歩き始めたのは6時10分頃であった。
帰りは距離は長いが、傾斜の緩やかなBright Angel Trailを登ることにした。コロラド川の鉄橋を手探りで越えてしばらく川沿いの下りの道を進み、幾多の雪解け水の小川を越えているうちに夜が明けてきた。道はいつしか登りのみとなったものの順調なペースで進むことが出来、8時過ぎには中腹のインディアン・ガーデンというレンジャー詰め所兼キャンプ場付きファシリティに到着した。思えば丁度5年前の冬にインディアン・ガーデンまでの往復ハイキングを敢行し、その過酷さのためにマサに命からがらで戻ってきたことが思い起こされるのであるが、それから毎日会社に行く前に5kmの3%の登り坂ランニングマシン等で肉体を鍛え直し、リベンジに備えていたのだが、その成果を発揮して目的を達成する瞬間が数時間後に迫っているのであった。
なかなか減らない2L入りゲーターレードを少し飲んで体にイオンを行き渡らせると再び歩き始めることにした。このあたりから復路の恐怖を知らない日帰りハイカーとの遭遇が増えてくると同時に登り坂の傾斜がきつくなってきた。ミュールツアーの忘れ形見であるラバの緑色のウンコは相変わらずその辺に転がっているので下を見ながら注意して慎重に歩を進めた。標高が上がるにつれて道は凍りつき、ついには再びClamponを取り出さなければならないほど雪に覆われてきた。しかし、寝不足、時差ぼけにもかかわらず、意外にも体力の消耗は少なく一般人であれば6~10時間かかる道のりを私はわずか4時間半程度で登り切ってしまい、老淑女ハイカーの賞賛さえも浴びることが出来たのであった。こうして標高差1,311m、15.1kmにもおよぶBright Angel Trailを制覇した満足感に包まれてYavapai Pointの展望台からはるか眼下の豆粒のようなPhantom Ranchを見下ろすとどのようなどん底からであっても自力で這い上がってくることが出来る自信を得たような気がしたのであった。
午後7時のフライトに間に合わせるためにグランドキャニオンを後にしてフェニックスに向かっていた。フェニックス近郊にて車内で破裂音が聞こえ、一瞬動揺してしまった。助手席を見ると2時間前に無理やり空にして蓋をした2L入りゲーターレードのペットボトルが圧力差で凹んでおり、無事に平地に戻って来れたのだと実感させられた。
2月7日(月)
ANA005便にてロサンゼルス発、翌日午後成田着。3泊5日という強行日程でグランドキャニオンの底に沈んで這い上がってくるという新たな金字塔がFTBに加えられることと相成った。
FTBサマリー
総飛行機代 \8,160(ご利用件\60,000分使用したのでただ同然)+ $172.41
総宿泊費 $210.97
総レンタカー代 $124.43
総ガソリン代 $33.11
総走行距離 552マイル
協力 ANA、ハーツレンタカー、HiltonHHonors