グッダイ マサよ!
というわけで、親方日の丸経営が祟り、破綻の危機に瀕している日本航空と手堅い経営の全日空との大きな差はマサに私が上級会員になっているかどうかの違いに他ならないのであるが、今回義侠心にかられたFTBは沈まぬ太陽と称されるJALの復活に貢献してやるため、わざわざ高い金を払ってオーストラリアに弾丸で繰り出すことになったのだ。
2009年11月20日(金)
午後9時45分発JL761便、B767機はほぼ満席の乗客を乗せて定刻どおりに出発となった。シートテレビで放映されている邦画「蟹工船」を見ながらプロレタリアートの気分を満喫し、かつて居酒屋の調理場で揚場を受け持ち、めったに注文の来ない蟹の甲羅揚げを揚げていた古き良き時代に思いを馳せているうちに浅い眠りに落ちてしまっていた。
11月21日(土)
午前7時15分にブリズベン国際空港に到着すると入国審査をクリアし、意気揚々と税関審査に向かった。X線スキャンにSYMANTECのロゴの入ったバックパックを通過させると思いもよらず、厳しい取締りを受けるはめになってしまった。SYMANTECバックパックはウイルスは検出されなかったものの何らかのドラッグの反応があったとイチャモンを付けられ、バックの中身をすべて取り出して持ち物の一点一点を隅々まで検査されることとなった。屈強な検査官はいつの間にかドラッグ談義に私を引き込もうとしたものの、私は「オシオ」「タカソウ」「ノリピー」「白いうさぎ」くらいしかドラッグ用語を理解しなかったので検査官の方から「スピード」というドラッグの説明がなされたのだ。その後ボディチェックをパスしなければお前をオーストラリアに入国させられね~ぜ状況になったので上原多香子のようなソフトタッチの代わりに♪Body&Soul♪のリズムと強い握力のオージー若人により体を絞り込まれるような精査の屈辱を味わった。
30分以上とも思われる長い検査を経て、何とか入国審査に合格した記念にマツモトキヨシでドラッグでも買おうかと思ったのだが、出店していなかったのでバスでゴールドコーストに向かうことにした。ブリズベン国際空港から約1時間のドライブでゴールドコーストの中心地に到着し、楽天トラベルに予約させておいたマリオットリゾートホテルにアーリーチェックインを決め込むと早速オーストラリアを代表するリゾート地であるゴールドコーストの散策に繰り出すことにした。
ブリズベンの南約75kmのところに30kmにもわたって続く黄金の砂浜ゴールドコーストは年間300日以上が晴天と言われ、観光客はやわらかな日差しの下でのんびりと日光浴を満喫していた。南太平洋の荒波には多くのサーファーが立ち向かい、華麗なライディングを決めようと躍起になっていた。
マサよ、君はサーファーズ・パラダイスでパラダイス気分を味わったことがあるか!?
ということで、自称プロサーファーの高相被告もノリピーを伴って来たことがあるかも知れないゴールドコーストで最も賑わいを見せるサーファーズ・パラダイスに侵入した。ビーチではSURF RESCUEの監視の下、波に無邪気に戯れている素人ボディーボーダーを初め、サーフィン教室への入門者や自称プロサーファーがひしめきあっており、彼らを見下ろすように巨大な高層ビル群がビーチに迫るように林立されている様子はマサにパラダイスにふさわしい観光地の様相を呈していた。
サーファーズ・パラダイスの中心街であるカビル・モールではリゾート気分を満喫している観光客が気軽に水着で闊歩しており、カフェやレストランに立ち寄って空腹を満たした後、再びビーチにしけこむことが出来るような体制が整備されていた。また、おびただしい数の素人日本人観光客が路頭に迷わないように至る所で日本語の看板が設置されているのだ。
水陸両用バスでゴールド・コーストを一回りすることが出来るアクアダック(A$35)が観光客の人気を集めていたので乗車(船)させていただくことにした。午後1時45分にセントロ・サーファーズ・パラダイスを出航すると水陸両用のための強力なサスペンションを持つバスは大きな上下動を繰り返しながら海岸通りを北上し、ザ・スピットという砂州に向かった。そこからついに内海のブロードウォーターに突っ込み、内海からネラング川へのクルーズに突入する運びとなった。
アクアダックの中では♪バスとアヒルがちからをあわせて みんなのしあわせを~~♪と歌う代わりに宮崎あおいとはタイプの違うガイドのキューティギャルがオージーイングリッシュで車窓を流れる景色の説明にいそしんでいた。波の荒い外洋と比較して穏やかな内海ではクルーズ船が優雅に巡回し、その脇を水上バイクがうなりを上げて疾走していやがった。
土曜の夜のサーファーズ・パラダイスは昼間以上の賑わいを見せ、おびただしい数の若者が奇声を発しながら町中を闊歩し、容易にドラッグの誘惑に駆られてしまうような危険な香りをプンプンと漂わせていた。また、町行く男子は押尾被告や高相被告のようなイケ面も多いのだが、中には合法ドラッグスピードですでに最高速度に達していると思われる輩さえ散見されたのだった。
このような環境で気が大きくなっている観光客から暴利を貪るために開店されているはずのOKギフトショップに恒例の買う気もないのに入ってみることにした。当店のオーナーの大橋巨泉は不在だったのだが、等身大の看板が代わりに店番を務めているかのように装われていやがった。
11月22日(日)
早朝より裸足でビーチを散策し、足裏できめ細かい砂の感覚を味わい、押尾被告のように高飛車に押し寄せる波で砂を洗い流した後、マリオットホテルをチェックアウトし、海岸通りを南下して今日の宿泊地であるコンラッド・ジュピターホテルを目指した。当ホテルはジュピター・カジノで名を馳せているのだが、今回はギャンブル運を感じなかったのでカジノには見向きもせずに市バスでフレイズ・ワイルドライフ・パーク(A$17.10)に足を運ぶことにした。
入園するとほどなくして園内のシアターで蛇に関するプレゼンテーションが開始されたので少ない聴衆の中、義理で参加してやることにした。プレゼンの最後でお約束となっているはずの蛇と触れ合う時間が取られたのだが、プレゼンターのおばちゃんはヘビー級であるにもかかわらず主役のヘビは小ぶりのおとなしい奴だった。
フレイズ・ワイルドライフ・パークはユーカリ林、湿地帯、熱帯雨林、マングローブ林の4つの代表的なオーストラリアの自然環境が再現されており、その中でワラビー、クロコダイル、木登りカンガルー、各種鳥類等が細々と暮らしているのだ。その中でひときわ目を引いた珍獣は日本航空のように絶滅の危機に瀕している世界で3番目に大きな飛べない鳥であるカンワリであった。奴は金網ごしではあるが私に対してストーカー行為を行い、くちばしの一撃を食らわすべき常に隙を窺っているかのようだった。
市バスでゴールドコースト最大の巨大ショッピング・コンプレックスであるPacific Fairを経由してコンラッドホテルに戻り、ホテルに付属しているモノレール(A$2)に乗り、高級ショッピングセンターのThe Oasisで下車した。日曜日で多くの店が閉店しているThe Oasisを抜けるとビーチに出たのでしばし潮風に吹かれながらすっかり涼しくなったビーチサイドに佇みながら優雅な時を過ごしたのだった。
11月23日(月)
コンラッドホテルをチェックアウトし、ゴールドコーストを後にすると市バスと列車を乗り継いでブリズベンに戻ってきた。リゾート地であるゴールドコーストの趣とは異なり、ブリズベンはマサにオーストラリアを代表する大都市の様相を呈していた。ブリズベンのランドマークとして君臨しているシティ・ホールの近くの公共交通インフォメーション・センターで乗るべきバスとバス停の位置を確認し、ローン・パインに向かうことにした。
ブリズベン市内から南西に11km離れたフィグ・ツリー・ポケットにあるローン・パイン・コアラ・サンクチュアリー(A$28)は1927年開園という、世界最大・最古のコアラ園である。入園すると早速野生のレインボーロリキートというカラフルなインコの餌付けが始まったのでしばし鳥のさえずりの喧騒の中にピーチク・パーチクと佇むことにした。
このサンクチュアリの最大の見所であるコアラに関しては、こぁら~すごいと思わず唸ってしまうほどのおびただしい数のコアラが年齢や性別などによって飼育場所が分けられて居住している。ユーカリが発するミントの香りとコアラの糞尿によるアンモニア臭の入り混じった数多くのコアラ舎では木にひっしとしがみついて惰眠を貪っているものやアクティブに葉っぱを貪り食っているもの等さまざまなコアラの生態を間近で観察することが出来るのだが、お決まりのコアラを抱いての記念写真コーナーでは高値にもかかららず多くの観光客が列をなしていた。
3時半より牧羊犬のショーが始まったので軽く見学することにした。アンソニー・ホプキンスのように容易に羊たちを沈黙させ、決められた場所に誘導させることが出来る賢い犬は非常に訓練が行き届いており、ショーの最後には観光客の記念写真にも応じるというサービスの徹底ぶりであった。
キオスクでA$1を支払って餌を購入すると今回のツアーのハイライトであるカンガルーとの交流を図ることにした。思い思いの格好でくつろいでいるカンガルーと一緒にバラク・オバマ大統領の推進するグリーン・ニューディール政策への貢献方法を考えていると怪鳥エミューが餌のおこぼれに預かりに来やがったので、日本企業も何とかアメリカの政策のおこぼれをすくうべく、財務省主導での準備をしなければならないのではないかと思われた。
サンクチュアリにはコアラやカンガルー以外にもウォンバットや普通のバット(こうもり)、タスマニアン・デビルやワライカワセミ等も拉致されており、また午前10時~午後3時半まで30分おきのアクティビティの開催により、一日中いても観光客を飽きさせないようなすばらしい配慮がなされていることが確認された。
黄昏時にブリズベンのダウンタウンに戻ってくると蛇行して流れるブリズベン河畔を緑に彩るボタニック・ガーデンを散策し、日もとっぷり暮れてしまうと川にかかる歩道橋が見事にライトアップされている様子を見てこの電力も何とか太陽電池でまかなうことが出来ないものかと考えていた。尚、日本で始めて太陽電池が実用活用されたのはキカイダー01(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC01)であることは疑う余地のないところであろう。また、当時はイチローといえばキカイダー01であり、誰もその後のシアトル・マリナーズでの活躍は予期出来なかったであろう。
11月24日(火)
午前8時50分発JL762便にて午後5時前に成田に到着、そのまま流れ解散。
FTBサマリー
総飛行機代 \88,450
総宿泊費 A$585
総バス代 A$52.6
総鉄道代 A$24.3
協力 JAL、楽天トラベル、HILTONHHONORS、Priority One