FTBJホエールウォッチング v.s. 津波警報ツアー in 沖縄

マサよ、君は楽しみにしていたホエールウォッチングツアーがクジラより大きい大地震と津波警報のために中止に追い込まれ、結果的に命拾いした経験があるか!?

2月27日(土)

というわけで、マサに沖縄に向けて出発しようとしていた矢先の午前5時30分頃、沖縄本島近海を震源とする震度5弱の地震が発生しやがり、今回のツアーは中止の憂き目に遭うのもやむを得ないのかと心配していたのだが、何とか那覇へのフライトは通常通りに運行されていたので午前6時40分発のANA993便に乗り込み9時半頃に沖縄への上陸を果たすことに成功した。

空港のニッポンレンタカーで予約していた軽自動車をピックアップしようと待機していた時に係りの若者から軽自動車の返却が遅れているという理由で本当は余っていたプリウスを借りてほしいとの申し出があったので思わずリコールしようとしたのだが、米議会公聴会に切腹する覚悟で望んだはずの豊田章男社長の武士道に敬意を表して借りてやることにした。プリウスはブレーキをかけると充電する仕組みになっているせいか多少ブレーキの反応感覚に違和感を覚えたものの3踏目でコツを会得することに成功し、快適なドライブが開始されることとなった。

前面パネルに表示される充電状況を示すインジケーターを見飽きた頃、海洋博公園にある沖縄美ら海水族館(¥1,800)に到着した。3月も間近となり、美しく咲き乱れ始めた花々を愛でるために花まつりも開催されているため、花マンタや花カメ等の海洋生物をモチーフにしたオブジェが水族館の周辺を彩っていた。

7年前に来た時には魚の数より来館した人間の数の方が多く感じられたために見学した気になれなかったのだが、今回は美ら海水族館の全容をじっくり解明させていただくことにした。まず手始めにタッチプールでナマコやヒトデに触り、藤田まことのご冥福を祈りながらも裏の仕事の人手不足を嘆いた後、サンゴの海、熱帯魚の海を立て続けに観察した。尚、美ら海水族館は世界で初めてマンタの繁殖に成功したことで名を馳せているのだが、親マンタの産後の日だちが悪くて殉職したかどうかは定かではなかった。

美ら海シアターのハイビジョン映像を見ながらうつらうちゅらしていると終了後にスクリーンが開いて目玉となっている「黒潮の海」と命名された巨大水槽が姿を現し、目の前を巨大なジンベエザメが悠然と横切って行きやがったのでギネス認定されているその水槽内をじっくりと観察するために階段を下りて世界最大の水族館観賞用窓の前に立ちはだかることにした。7500立方メートルの水量にもかかわらず20分ですべての海水が入れ替わるという水槽内には3匹のジンベエザメをはじめ多数のマンタや本当はえいひれの原料ではない普通のエイや松方弘樹が吊り上げた物よりもかなり小さいはずのマグロが互いにぶつからないように気を使いながら泳いでいた。

サメ博士の部屋(危険ザメの海)を見ながら青い海の夢から覚めかっていたときに館内放送が流れ、3時からジンベエザメの餌付けを始めるので巨大水槽の前までわざわざ見に来いと言われたので観光客がベストポジションを占拠するために続々と集まってきた。

マサよ、君は水槽前の総立ちの観光客の目の前で立ち泳ぎをしているジンベエザメの迫力に立ち向かったことがあるか!?

ということで、その巨体に似合わずプランクトンやオキアミを主食とするジンベエザメがその巨大な口を開けて海水ごと大量のオキアミを吸い込む姿は圧巻であった。尚、吸収された海水はエラから排水され、水槽内の水としてリサイクルされているので水位が下がってしまう心配はないのである。

美ら海水族館から軽くプリウスを走らせ全長762mの瀬底大橋を渡って周囲約8kmの小さくて美しい島である瀬底島に上陸した。島の西側に白い砂浜が広がる静かな瀬底ビーチがあり、何人かの観光客がきめ細かい砂を持つビーチで戯れていた。海の透明度はきわめて高いのだが、海水浴シーズンにはおびただしい数の観光客が展開するマリンスポーツで汚染されてしまうことが思わず懸念されてしまうのだ。

県庁前のニッポンレンタカーでプリウスをリコールし、本日の宿泊先であり、ANA「ダイヤモンドサービス」クーポン券が余っていたのでマサであれば¥10,000くらいかかるところを私はただで泊まることが出来る沖縄ハーバービューホテルクラウンプラザにチェックインすることにした。するとフロントの係りの者からいきなりファックスを渡され、そこには予約していたホエールウォッチングツアーの中止証明書の文字が躍っており非常にちゅらい思いをさせられることになってしまったのだ!

2月28日(日)

余震に警戒が必要なため、ホエールウォッチングツアーが中止になり、クジラを生け捕りして沖縄海洋博公園に高値で売りつけようとして「イルカがいるのでクジラなんかいるか!」と拒否されるという野望が打ち砕かれてしまったため、仕方なくホテルでフィギュアスケートのエキジビジョンを見ていた。

安藤美姫や浅田真央といった♪みつめあ~うと すな~おに おしゃ~べり でき~な~い♪ような美女が次々と登場する画面に釘付けになっているといきなりチリ地震の影響で日本列島に津波警報が発令されるという衝撃の事実に直面し、浅田真央が大舞台で仮面舞踏会を踊り切ったのは少年隊以来の快挙であったことがすっかり脳裏から消え失せてしまった。

津波警報のおかげで沿岸部に避難勧告が発令されてしまったので仕方なくFTB社訓その1のFlexibilityにより内陸部の観光に戦略を切り替えることにした。ゆいレールに乗り首里駅で下車し、首里城公園を目指して15分程歩き、円覚寺を抜けるとおなじみの首里城の代表的記念写真スポットである守礼門に到着した。首里城周辺には多くの記念写真スポットがあるのだが、至る所で「ハイ シーサー!」、「ハイ ちゅらサン」等の掛け声が飛び交っていた。

首里城正殿に辿り着くまでには歓会門、瑞泉門、広福門、奉神門といったそれぞれ特徴のある数多くの門をくぐらなければならないのだが、ドラえもんのような四次元ポケットがインストールされた門がなかったことが衰退への原因ではなかったのではないかと思われた。

琉球王国の栄華を物語る世界遺産である首里城正殿(¥800)に10年ぶりにお邪魔することと相成った。しかし、沖縄の強い日差しにさらされた外装は定期的なメンテが必要な様子で現在漆の塗り直しが行われていた。正殿内部は相変わらず見事な朱色で彩られており、一部オリジナルの石積みの遺構も確認することが出来るのだ。

首里城北殿は展示、映像、売店、休憩コーナーから形成されているのだが、ここは2000年に開催された沖縄サミットの首脳晩餐会で当時の森喜朗総理がホストを務めたことで有名である。しかしながら、当時沖縄サミットのテーマ曲である「ネバーエンド」をプロデュースした小室哲也も近い将来自分がエンドになるとは思わなかったであろうし、安室奈美恵もTRFのサムとの結婚生活がエンドになるとは思っても見なかったことであろう。

首里城の見学をエンドにして世界遺産、国指定重要文化財である玉陵(たまうどぅん)を¥200の支払いで観覧させていただくことにした。ここは1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改装するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となった歴史的価値の高い場所である。

沖縄の強い日差しの下での観光で喉が渇いたので泡盛の香りに引き寄せられるように瑞泉酒造を訪問することにした。泡盛は、沖縄が東南アジア各国と貿易が盛んだった15世紀頃にタイ・中国福建から入って来たと言われている。泡盛造りはインディカ米(タイ産)を原料にした全麹仕込みで、その際用いる沖縄独特の黒麹で発酵させ蒸留した酒である。瑞泉酒造には居酒屋「ワタミ」を立ち上げた渡邉美樹氏の色紙をはじめ、各界著名人のサインが所狭しと飾られているのだが、試飲に供された古酒がすずめの涙ほどだったので3本入りのミニチュアボトル(¥1,055)を購入してお茶を濁しておいた。

ゆいレールで那覇空港に戻り、無料シャトルバスで沖縄アウトレットモールあしびなーに向かった。自分自身がブランドであるため、滅多にブランド品を買わない私であるが、今回はピンポイントで必要な物品があったのでとあるお店で買い物をしたのだが、そこでは一品購入してさらに二品目を購入すると一品目も二品目も20%OFFになるという荒業が展開されていた。つまり一品目に数万円の高価な物を購入し、二品目に数百円の安価な物を購入するとコストメリットは計り知れないものとなるのである。あしびなーでは買い物疲れの観光客を癒すために地元バンドによる生ライブやフードコートも展開されているのだが、今日は津波警報の影響により通常の22:00より3時間半も早い18:30に閉店となってしまったのだ。

その後のニュースにより沖縄沿岸に到着した大津波は数cmから20cmであったことが確認され、気象庁の警戒に感謝することとなったのだった。

FTBサマリー

総飛行機代 \8,200

総レンタカー代 \5,145

総高速代 \1,000

総ガソリン代 \870

総宿泊費 ただ

総ゆいレール代 ¥490

協力

ANA、ニッポンレンタカー、気象庁

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