ボンよ、世の中では犬猿の仲と言われているが、猫猿の関係は犬猿ほど悪くないはずなのであえて地獄谷に生息するスノーモンキーの生態を観察するツアーに踏み切らせていただくことにするぜ!
2月3日(土)
ここ数週間にわたって今シーズン最強の寒波が更新され続けてきたようだが、寒い空気を切り裂くように関越道、上信越自動車道を疾走し、信州中野インターで高速を下りるとあたりは高原や山々を覆う雪景色となった。ゆるやかな坂道を登ると志賀高原の山裾にたたずむ上林温泉に到着し、近辺の駐車場に車を乗り捨てると地獄谷野猿公苑入り口の看板を掲げたゲートをくぐって行った。
ここから30分かけて雪道を歩くことになったのだが、冬のソナタを彷彿とさせるような景色を見ながら歩いていると寒さは特に気にならず、いつのまにか地獄谷のふところに抱かれていた。僻地の一軒宿の入り口には氷柱(つらら)の鋭い刃先が観光客に照準を合わせるかのようにぶら下がっており、串刺しにならないように注意しながら本日の宿泊先である「日本の秘湯を守る会」に名を連ねる地獄谷温泉後楽館に入館を果たした。
決して愛想が良いとは言えない宿の主人に宿泊設備と猿に対する注意事項の説明を受けるとガスファンヒーターが燃え盛る古びた部屋に案内された。共同トイレと洗面所の蛇口の水は凍結防止のために出しっぱなしにしなければならないことを肝に銘じると早速秘湯中の秘湯と称される源泉掛け流しの露天風呂に身を任せることにした。
夕方4時を過ぎたたそがれ時の景色は何とも言えない風情があり、露天風呂の目の前で噴気を上げる天然記念物渋の地獄谷噴泉はデビュー当時の郷ひろみが♪君たち女の子♪と歌ってもゴ~ゴ~という音しか返してくれなかったのだ。
地獄谷温泉後楽館の露天風呂は、世界で最初に猿が温泉に入った由緒正しいお風呂であるということで、早速冬毛に覆われた赤ら顔の集団に取り囲まれてしまった。世界で唯一猿と混浴が出来るということで湯船の中央で湯あたりの恐怖と戦っている私は猿が入ってくるのを今か今かと待ち構えていたのだが、「裸のサル」である人類の存在と猿の気持ちとの距離を縮めるには至らなかった。結局サルものは追わずという結論に達した頃には体もいい具合に茹で上がっていたのでツルすべになったお肌を土産に風呂から上がることにした。
夕食は質素だが、岩魚、野沢菜漬け、鴨鍋、地野菜のてんぷらとバランスの取れたメニューで、スノーモンキーを追いかけて後楽館の常連となっている外国人観光客も足のしびれをアルコールで紛らわしながら非日常空間を楽しんでいたのであった。
2月4日(日)
今朝は猿の出勤が遅いとぼやきながらご飯と味噌汁を配膳している宿の従業員を尻目にそそくさと朝食を掻き込むと重くなった腹をかかえながら露天風呂に向かった。のんびりと湯に浸かるつもりだったのだが、そこはインスタ映えを狙っているはずの欧米人カップルのパラダイスと化していた。混浴露天風呂は写真撮影も水着着用も特に規制されていなかったので水着を着た男女は全裸で堂々と入ってくる日本男児とは裏腹に湯船の内外をフットワーク良く動き回っていた。
猿たちは相変わらず温泉には入って来なかったのだが、暖かい温泉が通っているパイプにしがみつきながらぬかりなく暖を取っていた。地獄谷に位置する露天風呂は高台にある野猿公苑から丸見えになっているため、列をなして開苑を待っている観光客にお宝を見られないように注意しながら猿とのパイプを構築出来ないかと躍起になっていた。
後楽館をチェックアウトすると凍った道に足を取られないように最新の注意を払いながら地獄谷野猿公苑(¥800)の門をくぐった。10時前という早い時間にもかかわらず、高級そうなカメラを抱えた自然写真家たちが温泉周りのベストポジションを占拠しており、過酷な環境の中で訪れるかどうかも分からない一瞬のシャッターチャンスを逃すまいと緊張感を漂わせていた。1964年に開苑した野猿公苑は標高850mの高地で噴煙を上げる地獄谷で、餌付けされているとはいえ、自然に近い形でニホン猿を観察出来るファシリティで1998年の長野オリンピックを契機として世界中から多くの愛好家を集めている。苑内の温泉は猿専用として作られたものであるが、猿が温泉に入るのは単に地獄谷の厳しい冬の寒さをしのぐための手段に過ぎず、必ずしも写真家の思惑通りの入浴シーンが撮影出来るわけではないのである。
事実猿たちは温泉を取り囲む観光客の合間を縫って入浴するそぶりは見せるのだが、それはあくまでもフェイントで人類をあざ笑うかのように遠ざかるという挙動が何度も繰り返された。ここでの主なアクティビティはスノーモンキーの観察ではなく、猿の一挙手一投足に一喜一憂することしか出来ない人類の無力さを思い知ることではなかろうかと考えながら野猿公苑を後にした。
低体温症もどきの体を常温に戻すために後楽館のロビーのストーブ前に陣取っていると出会った時は愛想が良くないと思われた宿の主人が色々と話をしてくれた。海外から来る後楽館の宿泊客はほぼ常連であり、毎年ほぼ同じ時期に連泊していくという。旅館の周辺を寝ぐらにしている猿もいるそうだが、彼らの頂点に立っているボス猿は何と宿の主人であるという衝撃の告白まで披露してくれたのだった。さらに野猿公苑では猿の数より人間の数が多いので落ち着いて猿を観察したいのであれば、後楽館に宿泊するのがベストだという宣伝も忘れなかった。
自分の中に内在されていた猿好きの特性を思い起こさせてくれた地獄谷を後にすると高原からの坂道を下って長野市の中心にある善光寺で人間性を取り戻すことにした。信州くんだりまで来て名物のそばを食わない手はないので¥950もの大金を支払ってなめこそばを流し込むと若い頃の私の肉体をほうふつとさせる筋骨隆々の金剛力士像に挨拶をして善光寺詣でをさせていただくことにした。
約1400年の歴史を誇る古刹をひととおり見てまわったのだが、寒波の影響で池が凍りついており、水子観音まで氷子観音へと変貌をとげていたのであった。
FTBサマリー
総高速代 ¥5,820
総ガソリン代 ¥7,252
総宿泊費 ^¥27,136b(二食付き、二人分)
協力 Booking.com