ボンよ、日本政府とロシアとの北方領土返還交渉が暗礁に乗り上げている今日この頃だが、北方領土周辺を埋め尽くす流氷の動きを氷のような頭脳で日々分析し、満を持して北の国からのレポートをお届けする時期となったのだが、さて結果やいかに。
2019年3月9日(土)
AIR DOとの共同運航便であるANA4777便は定刻より約15分遅れた11時半頃の出発となり、約2時間のフライトで午後1時過ぎにロコ・ソラーレの本拠地であるはずの女満別空港に到着した。早速ニッポンレンタカーでワゴンR をレンタルすると「そだね~」の聖地である常呂町のカーリング場に向かう変わりに一路知床半島を目指してひた走った。
長時間運転が眠気を誘い、うとろうとろしそうな状態を何とか持ちこたえることに成功した午後3時前にウトロに到着すると早速ゴジラ岩の麓にオフィスを構えているゴジラ岩観光の駐車場にワゴンRを滑り込ませた。
海外からの団体と思われる観光客がドライスーツに身を包んで観光バスで出発するのを横目に装飾を施せばウルトラマンの気ぐるみにもなりうるスーツの圧迫感を全身に受けながらワゴン車に乗り込むとものの数分で流氷遊ウォーク(¥5,000)の舞台であるウトロ漁港に到着した。
海へと続く階段を降り、防波堤の内海がカチンコチン状態になっている安定した海面に着氷すると大海原を目指して歩を進めていった。オホーツク海から流れてきた流氷が密集し、外海との境界となっている岸壁に出口をふさがれると内海全体が分厚い氷に覆われるため、歩きにくいドライスーツであってもスムーズに前進することが出来るのだ。
今日は気温が比較的高めで行進中にドライスーツの内部が汗だくになる懸念が大きかったので適当な氷の割れ目を見つけて頻繁に涼を取ることも大事であった。氷の下は流氷の天使クリオネを育む冷海であるが、遊ウォークの参加者の中にはクリオネをすくって踊り食いをした異邦人もいるという衝撃の事実が同行ガイドから告げられた。
数メートル先の海面に不自然な渦が巻いているような光景がふいに目に飛び込んできた。北方の海から流氷サーフィンで流れ着いたアザラシがついに海上に姿を現すかと期待でうずうずしたのだが、まるでアザラシにあざむかれているかのような感情が胸の中に渦巻くだけだったのだ。
約1時間の遊ウォークがとどこおりなく終わりの時間をむかえ、氷平線に向かって進む次の団体グループと入れ替わるように帰路についた。途中新鮮な氷を拾ってかじってみたものの夜の晩酌の水割りには供すことが出来ないので氷の味見はあくまでもライブで実行しなければならないのである。
ゴジラ岩観光オフィスを後にして温泉民宿旅館「酋長の家」を仕切っている老犬「コロ」が現役でいることを確認し、ゴジラ岩のシルエットが年々「いいね!」の親指化している現象を憂いながらウトロ地区を一望する見晴橋へと急いだ。
西の空へ沈み行く夕日が氷の微笑を映し出す光景はマサに神秘的と呼ぶにふさわしくシャロン・ストーンのようにすとんと太陽が沈みきるまで寒風に身を削られながら身じろぎもせずに立ち尽くしていた。
ウトロでの定宿になっている世界遺産の宿しれとこ村つくだ荘にしけこむと早速源泉かけ流しの「熊の湯」で冬眠状態になった体を解凍すると毛蟹をはじめとする北の味覚を味わいつくし、長い夜をゆるりと過ごさせていただいた。
3月10日(日)
流氷レーダーによる観測結果を受けて海氷は知床半島の東側の羅臼周辺に回りこんでいるだろうとの仮説を元にウトロを後にして一路昆布の聖地羅臼に向かうことにした。知床半島の付け根からのびる海沿いの道から見える海面は氷に覆われた白海ではなく澄み切った青海で流氷クルーズの催行に一抹の不安を抱きながら正午前に道の駅知床らうすに到着した。羅臼の観光船乗り場から出発するクルーズ船は複数あるのだが、その一部はすでに欠航を決め込んでいることが確認されたので流氷遊ウォークでお世話になったゴジラ岩観光のオフィスに駆け込み流氷クルーズの可否を問うたのだが、むなしく欠航が告げられたため、鈍氷で後頭部を殴られたような衝撃を覚えてしまったのだった。
日曜日の午後にもかかわらず羅臼の町は閑散としており、羅臼昆布を観光客に売りさばくはずの土産物店はどこも閉店ガラガラだったので冬期間閉鎖中の知床峠に続く道の途中で見つけた羅臼町郷土資料館で知床の豊かな自然をダイジェストで学ばせていただき、ついでにそこで売られていた羅臼昆布の端くれを購入することに成功した。
土産物屋は開いてなかったが、かろうじて営業していた食堂に駆け込むと壁一面が実物大羅臼昆布で埋め尽くされていたので勢いで羅臼昆布ラーメンを発注してしまった。透明なスープから湧き立つ湯気の香りとレンゲですくった液体を少し口に含んだだけで雄大な羅臼昆布の世界が一気に脳内に膨らんだ。さらに窓越しに見える小さい流氷が風に乗って流されていくさまが北の食材に対する味覚をさらに磨いていくようにも思われた。
♪あ”~あ”~あ・あ・あ・あ・あ”~♪
ということで「まんぷく」になったおなかをかかえて車に乗り込むと北の国から2002遺言で内田有紀との愛をはぐくんだ純の番屋を素通りした。繁忙期には食堂としての機能を果たしているようで美術さんの努力なしにその外観が朽ち果てることなく17年も保たれているのだった。
流氷の大半は遠く水平線の向こうに流されてしまっていたのだが、岸に乗り上げている屹立した残氷がこの地域に押し寄せる流氷濃度のすさまじさを語っていた。
知床半島を脱出し、標津町からオホーツク海に向かってマジシャンのひげのように伸びている野付半島に向かった。冬季のこの地域はがっつり凍った内海の野付湾と流氷が押し寄せるオホーツク外海とが対照的な景色を織り成しており、エゾ鹿やキタキツネ等の野生の王国としての一面も見せている。
今回の流氷ツアーではクルーズ船には乗れなかったが、着岸した流氷が織り成す新たな造形美を負け惜しむことなく堪能出来たのではないだろうかと考えながら夕日に向かって走っていた。女満別空港で原形野菜が入ったスープカレーを食して北の旅への締めくくりとし、午後7時発のANA4780で羽田へと帰っていった。
FTBサマリー
総飛行機代 ¥46,480
総宿泊費 ¥21,400(二食付き)
総レンタカー代 ¥10,044
総ガソリン代 ¥2,700
協力 ANA、AIR DO、楽天トラベル、ゴジラ岩観光