シン・FTB Los x ロス = 二刀流Show Timeツアー

コロナ自粛中のGWはまるで猫が寝込んだようにおとなしく過ごさざるを得なかったのだが、待望のコロナ明けを迎えても円安に苦しむ日本人旅行者はコスト面で自主規制を余儀なくされている今日この頃である。

このたび運よくANAよりSuper Valueという破格の運賃による航空券をゲット出来たので、過去数年分の旅行ロスを取り戻すべくLos方面へのツアーが敢行されることとなったのだ。

2023年5月1日(月)、5月2日(火)
連休のはざまとなっている5月1日(月)の裏の仕事をさくっとこなした後、日の暮れるのを待って羽田空港第3ターミナルへとJR横浜線、京急羽田空港線を走らせた。おなじみのANAのSuite Loungeで夕食とアルコール入り飲料で体の調子を整えると日付の変わった0:30発NH106便に乗り込み、フライト時間の大半を無意識状態で過ごせるように狭いエコノミー席での体勢の調整に余念がなかった。

5月1日(月)
太平洋上の日付変更線を超えたことに気づかないまま、飛行機は前日の5月1日(月)午後5時頃ロサンゼルス国際空港トム・ブラッドレー国際線ターミナルへ到着した。米国入国の際にそれなりの時間がかかることは想定済みだったのでストレスなくイミグレーションとカスタムを通過すると上階に上がり空港周辺を巡回するHotel Shuttle Busに乗り込み、Holiday Inn Los Angeles – LAX Airportにしけこんだ。

これまでの裏の仕事のハードな出張による副産物としてIHGリワーズクラブのポイントをためこんでおり、宿泊料は無料の恩恵を受けたので、代わりにホテルのレストランに金を落とさなければならない義務感でビールとメキシカン料理で脂肪で覆われた小腹の隙間を埋めさせていただいた。

5月2日(火)
IHGダイヤモンド会員に無料で供される朝食の施しを断り、早朝6時にホテルを出発するShuttle Busに乗りこんだまでは良かったもののバスの運転手や同乗客から下車するべくターミナルを惑わされたため、目的のTerminal 7に辿り着くまでに余計な時間を要してしまっていた。

何とかUnited Clubで朝食を取れる時間が確保出来たのでアメリカンブレックファストで栄養補給を行うと8:26発UA1185便でメキシコのLos Cabosに向かった。ところで何故今回のツアーでLos Cabosが目的地に選定されたのかであるが、第一の理由は単純に行ったことがなかったからなのだが、第二の理由は私が昔勤めていた米国の故シマンテックという会社がITバブル華やかなりし頃、グローバルの多数の営業を引き連れてAchiver’s Tripという名目でLos Cabosで豪遊しやがったという行けなかった者からすると忌まわしい過去の怨念を払拭するためである。ちなみに私は営業ではなくマーケティングだったので最初からAchiverの土俵には乗っていなかったのだが・・・

いずれにしても2時間超のフライトで砂漠の大地を縦切り、バハカリフォルニア半島の最南端に位置するLos Cabos国際空港に到着する運びとなった。多くのアメリカ人バカンス客と一緒にメキシコへの入国を果たすと割高だが明朗会計の前払いとなっているエアーポートタクシーに乗り込み、まずは本日の宿泊予定地に向かった。車窓からはバハカリフォルニア半島の乾いた大地を賑わせているサボテンの姿が見受けられたのだが、前述のAchiver’s Tripの旅行者へのはなむけの言葉はマサに「サボってんじゃ~ね~!」がふさわしかったのではなかろうか?

ちなみにロス・カボスはメキシコの基礎自治体で半島南端のカボ・サンルーカスと東側のサンホセ・デル・カボの二つの主要都市のほか、いくつかの村を含んでいるという。二つの都市を結んでいるのは幹線道路の国道一号線でこの道路上に各種ホテルが軒を構えているのだが、今日はカジュアルなビジネスホテル系のHOLIDAY INN EXPRESS CABO SAN LUCASにIHGの24,000ポイントの支払いで宿泊することとなっている。

チェックイン後、とくにすることもなかったので小さなプールのあるホテルの敷地を散策し、停泊しているクルーズ船を眺めながら感染拡大の温床となったことはもはや過去の遺物だと言い聞かせていた。

国道一号線の主要都市間は市バスが頻繁に往来しているので紫外線が弱まってきた時間を見計らってバスでサンルーカス方面に向かった。初めての土地ゆえ、下車するべくバス停を無意識に通り越し、バスはどんどんダウンタウンの奥地に向かって行ったので適当なところで降りてスーパーマーケットでトイレ休憩をさせていただいた。生鮮食品売り場を見渡すと、さすがに海沿いの都市だけに提供される魚の種類は豊富であったのだが、とりあえず闇営業の仲介で吉本を首になったカラテカ入江をしのぶことが出来るはずのスナック菓子は購入しておいた。

慣れないスペイン語とメキシコペソ(M$)の現金払いの市バスの乗車に苦労を重ねながら、何とかサンルーカスの見どころが集まるマリーナ周辺まで漕ぎ付くことに成功した。

サンルーカスは観光用に整備された人工的な都市の印象は否めないが、街自体の装飾や演出が優れているので歩いているだけでリゾートの気分は自然に盛り上がっていくのである。

マリーナに係留されているおびただしい数のクルーザーを見てもわかる通り、ここでの主なアクティビティは加山雄三的な舟遊びであるのだが、今回は日程の都合で老人と海のように大海に乗り出すようなことはなかったのだが、天空を突き刺すカジキと地面から生えているサーフボードのオブジェだけで疑似マリンスポーツ体験を賄うことが出来たのであった。

夕食は多くの飲食店の中から雰囲気の良い音楽が流れているシーフードメキシカン系のレストランで取ることにした。メキシコでは乾杯の音頭はコロナビールで取るはずなのでそのしきたりには従うことにしたのだが、ビールのお供の柑橘類がライムであることに多少の不安を覚えざるを得なかった。その心は北部九州出身である私のような輩はこのような状況では大分県名産のかぼすを絞ると相場が決まっているのだが、ロス・カボス滞在中の間は「かぼすロス」に苛まれ続けることが確定したからである。

5月3日(水)
午前10時過ぎにはHOLIDAY INN EXPRESSをチェックアウトし、ホテルで手配したタクシーに乗り込むとリゾート気分による胸の高まりを抑えつつ、今日から泊まることになっているHilton Grand Vacations Club La Pacifica Los Cabosに向かった。完全プライベートリゾートであるがゆえにゲートで宿泊予定者名簿と名前を照らし合わせた後、晴れて敷地内への入場が許されたのでフロントでチェックインする運びとなった。

ウエルカムドリンクは、日本では高校球児の主要なヘアースタイルを模しているはずの丸刈り~タとレモネードが選べるのであるが、少しでも早くリゾート環境に適応するためにマルガリータを一気飲みしてフロントデスクで宿泊手続きを行った。デスクではサボテン並みのとげとげしい対応ではないもののチェックイン時間の午後3時までは部屋に入れないとのことだったのだが、ホテル内の施設は自由に使えるとのことだったので早速リゾート内の散策と洒落こんだ。

あいにくの曇り空ではあったもののプールやビーチを眺める限りではここロス・カボスがユカタン半島のカンクンとともにメキシコ最強クラスのリゾート地であることは疑いの余地はなく、松任谷由実が推薦するはずのアカプルコさえ霞んでしまうほどの絢爛ぶりが窺えた。

ビーチまで下りてみると今は亡き日通のペリカン便を偲んでいるかのような怪鳥が岩の上で魚待ちをしている姿を見てこの海の生態系の豊かさを感じ取った。

ビーチのアクティビティとして水上バイク、乗馬、小舟等があるようであったが、リゾート客はあまり関心を示していないようであった。

待望のチェックインを済ませると早速水着を着こんでプールバー方面に向かった。とはいえビリヤードの設備があるはずもないので皆アルコールを飲みながらそれぞれのスタイルで水平線に向かってくつろいでいたのだった。

夜のとばりがおりてもリゾート内は落ち着いた雰囲気をとどめており、浴びるほどの酒を飲みすぎて「許しテキーラ」と温情にすがろうとする者も♪シエリト・リンド♪を合唱するホセやサンチアゴのアミーゴ達も参上することはなかったのだ。

5月4日(木)
昨日の曇天とは打って変わって早朝より青空が広がり、いよいよリゾートがその実力を遺憾なく発揮出来る環境が整った。

リゾートのメインレストランであるTalaveraで高値で供されるビュッフェ朝食を軽快な流しのギターのメロディーとともにゆっくりと楽しんだ後、水着に着替えるとプール沿いの至る所に設置されている大判のタオルをわしづかみにするとコロナビールと一緒にデッキチェアに身を委ね、リゾート活動の定番となっているはずのプールサイド読書に勤しむことにした。

ハズキルーペを介した読書で目に疲労がたまってきた頃を見計らってプールにどぼんしてビーチで展開される人間模様にしばし目をなじませてピント調整を行った。

ビーチもプールも野性味に欠ける感は否めないのだが、突如姿を現したイグアナ越しに眺める海の青さは圧巻であり、これぞマサにメキシカンリゾートの神髄であると思い知らされた。

喉の渇きを覚えるとそのままカウンターでマルガリータを発注し、イグアナに乾杯したのだが、つまみのピザであるはずのマルゲリータがないのが唯一の難点といえよう。

結局日が西に傾きかける時間まで至福の時間を堪能したのだが、リゾート客が去った後のプールは鏡のように周囲のヤシの木を写し取っていた。

今回FTBが泊っている部屋はコスト面を配慮してプールフロント1階のパーシャルオーシャンビューであったのだが、後々ハウス猫のコンシュルジュ付きであることが判明した。奴はしなやかな肢体とともに突然姿を現し、心理的癒しのサービスを提供すると名作映画のように風と共に去って行ったのだった。

今日のディナーは予約が必要だと言われていたが、実際には予約しなくても入れたVelaというイタリアンレストランで取ることにした。

女性の妖怪人間系の名前を冠したはずのベラでは主にシーフード系の料理を召し上がったのだが、地元の食材を伝統的イタリアンにマッチさせた手法により、リゾート暮らしで脳みそを溶かし、人間性を失ってしまった観光客も思わず「早く人間になりた~い」とうなってしまうほど美味にアレンジされていた。

5月5日(金)
わずか二泊三日のリゾート滞在の最終日を迎えた。昨夜のディナータイムの静けさとは打って変わって朝食レストランのTalaveraは活況を呈しており、昨日着席したオープンテラスが満席だったので屋内のテーブルに席を取ったのだが、内と外では違う価格設定がされているようで、開放感に劣るが食べ物への距離が近い屋内は価格的にやや有利であり、ライブオムレツやサボテンをもすりつぶすことが出来るはずの強力ミキサーを要するスムージーバーにもスムーズにアクセス出来たのだった。

チェックアウト迄の貴重な時間はビーチで過ごし、海辺で繰り広げられる人間模様をボ~と眺めていた。

すでに日よけ用の帽子やアクセサリーを売りさばく商人たちも虎視眈々と商機をうかがっていたものの、決してリゾート客のプライベートスペースに土足で踏み込むような押し売り営業はしないので商品に興味のない客にとって彼らは単にビーチを彩る景色の一部でしかなかったのだ。

午前10時にホテルをチェックアウトし、タクシーで空港に向かった。カラフルなロス・カボス国際空港はメキシコ国内や米国主要都市からの様々な航空会社のフライトで賑わっており、そのアクセスの便利さからリピーターもかなり多いはずだとあらためて認識させられた。

12:25発UA547便は30分程遅れて出発し、ロサンゼルス国際空港トム・ブラッドレー国際線ターミナルへ到着したのは午後3時半を回った時間であった。さらに長い列の入国審査を突破するのもかなりの時間を要してしまった。何とか米国への再入国を果たすとHearz Rental Carのシャトルバスに乗り、Hertzの営業所に着いたのだが、ここでも長蛇の列の洗礼を受けてしまった。何とかTeslaのModel 3を入手して目的地に向かおうとしたが、モータリゼーションの申し子であるロサンゼルス名物の渋滞にはまってしまったのだ。

1998年の夏以来、25年ぶりに訪れたエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムであったが、$20の支払いで駐車場に滑り込んだ時にはすでに試合開始となっていた。巨大なエンゼル帽をあしらった球場正門の装飾は当時と変わらなかったのだが、そこに君臨するエンゼルスの主である二刀流使いにより新たな時代の息吹が感じられた。

ア・リーグ西地区首位を快走するテキサス・レンジャーズを迎え撃つエンゼルスは大谷を3番指名打者に据えて立ち向かったものの、序盤はレンジャーズに3点のリードを許し、大谷のバットからの快音も聞こえないまま試合は淡々と進んだ。

日本では「こどもの日」ということもあり、折り紙兜を被った日本人ファンの姿も見受けられたのだが、今日はエンゼルスの選手にホームランは出ず、ホームラン・セレブレーションで鹿児島の甲冑工房丸武産業製の兜を「パイルダー・オン」する兜甲児的なパフォーマンスは見ることが出来なかった。

今日のShow Timeは残念ながら野球のパフォーマンスではなく、巨大スクリーンに映し出されるコーセーによってあ~せい、こ~せ~と演技指導された姿のみであったのだが、通常は♪飛ばせ 鉄拳 ロケットパンチ♪によって放たれる外野センター奥の巨大な人工岩と滝まで架けられるアーチの軌道が期待されている。ちなみにその装飾はかつて親会社であったウォルト・ディズニー・カンパニーの時に大幅な改修に着手して出来たものの名残であり、エンゼルスの選手がホームランを打つと、約27メートルの高さまで火が勢いよく噴き、花火も打ち上がるアトラクションが提供されている。

メキシコでの思い出を胸に売店でタコスとブリトーを買って景気づけをすると逆転猿と和訳される「ラリー・モンキー」のラリッた姿に後押しされ、9回裏ツーアウトの土壇場からエンゼルスが同点に追いついてしまった。

試合は延長戦に突入し、ノーアウト2塁から始まるタイブレークの10回表のレンジャーズのスコアボードに首尾よくゼロが記された。10回裏のエンゼルスの攻撃は主砲トラウトからであったが、最近の試合で虹ますのようなアーチをかけずとも申告敬遠の憂き目に会い、切り身にされるような断腸の思いで一塁に向かって行った。

ノーアウト1塁、2塁のサヨナラの好機にShow Timeがお膳立てされたものの、大谷はセカンドゴロに倒れ一死1・3塁で大谷が一塁ベースコーチに反省の弁を述べたのも束の間、次打者アンソニー・レンドンへの初球はワイルドピッチとなり、期せずしてエンゼルスがサヨナラ勝ちを収め、球場内は歓喜の嵐に包まれたのであった。

5月6日(土)
IHGリワーズクラブのポイントがさらに余っていたので25000ポイントの支払いで宿泊したCandlewood Suites Anaheim – Resort Areaをチェックアウトするとディズニーランドの城下町であるアナハイム市内をModel 3で軽く流し、空港近くのサンタモニカまで足を延ばしたのだが、桜田淳子の♪来て 来て 来て 来て サンタモニカ♪という歌声に統一教会の幻影を感じたので車から降りることなくそのままHeartzの営業所に帰って行った。

17:15発NH125便は定刻通りロサンゼルス国際空港を出発し、機内映画の「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」を見ながら次のメキシコツアーの折にはヒューストン空港を経由することになるだろうと考えていた。

5月7日(日)
飛行機が日本に近づくにつれ、Losでの楽しい生活が走馬灯のように脳内を駆け巡りLosロスの感情が押し寄せてきた。マサにそれはロス・インディオスとシルビアが歌う♪別れても好きな人♪に通ずるものがあったのだが、その歌がヒットしている当時の六本木のスナックで歌われていた♪別れたら~ 次の人♪のように未来志向が重要ではないかと思いながら流れ解散。

FTBサマリー
総飛行機代 ANA = ¥134,540 / passenger、United航空 = ¥32,350 / passenger
総宿泊費 US$1,065.68
総レンタカー代 US$114.23
総タクシー代 US$115、M$1,000(M$1 = ¥7.8)
総バス代 M$104

協力 ANA、United航空、IHG、HILTONHHNORS, Heartz Rental Car

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