時をかけるFTB in しまなみ(尾道三部作)

♪と~き~を~かけるしょ~じょ~、あ~い~はかがやくぅふねぇ~♪(Song by Tomoyo Harada)

http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/tokiwo_kakeru_syoujyo.htm

マサよ、君は尾道が日本最強レベルの映画のロケ地として君臨していることを知っているか!?

ということで、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子を要して角川映画の黄金時代を築き、その角川三人娘の中で唯一の生き残りの原田知世のデビュー作が大林宣彦監督の出身地である尾道で撮影されたことは映画ファンであれば誰でも知っている事実である。しかも尾道はいくつかの島を越えて四国の今治へと続くしまなみ海道の拠点都市として君臨しており、ここでタイムスリップしないと一人前の♪さまよ~い人にな~る♪ことが出来ないのである。

第一部

3月18日(土)

午前7時15分発羽田発広島行きANA671便、B777-200(http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/ana_history/fleet/1983/772.html)のスーパーシートにふんぞり帰って朝飯なんぞを食っていると9時前に雨の広島空港に到着し、そこからバスで三原駅に向かい、さらにJRに乗り換えて情緒のある尾道駅に到着した。とりあえず駅前のしまなみ交流館というファシリティで観光情報を入手するとなんと映画の町尾道に原寸大の大和が再現されているという驚くべき事実に直面してしまった。

駅前桟橋から渡し船(¥100)に乗り、対岸の向島に上陸するとシャトルバスで日立造船向島西工場の奥地へと案内された。2005年7月17日から2006年5月7日まで一般公開されている「男たちの大和」の映画ロケセット(¥500)は日立造船の技術の粋を集め、制作費5億を投じて全長263mのうちの190mが再現された原寸大の戦艦大和である。残念ながら私の総統仲間であるデスラーが統治するガミラス星を破壊した波動砲は搭載されていないものの艦上には46cm主砲9門などが装備されており、観光客は艦上で「はい、ヤマト」との掛け声とともに記念撮影に興じていた。

大和のロケセットで沖田艦長の気分を満喫することに成功したので故宮川泰が奏でる宇宙戦艦大和のリズムに乗ってバスでしまなみ海道を縦断して四国の玄関今治に向かった。途中因島大橋でバスを乗り換える際に名物はっさくソフトを食った後、約2時間のバスの旅で今治駅に到着した。さらにローカルバスに乗り換え鈍った感性を磨きなおすために峡谷の景色が美しい鈍川温泉に向かった。

楽天トラベルに予約させておいた鈍川温泉カドヤ別荘の岩風呂に浸かり、すっかり戦闘態勢も解除されたので明日からの猪突猛進に備えるためしし鍋に舌鼓を打ちながら宍戸錠も是非しまなみに来るべきだと漠然と考えながら夜を過ごしていた。

3月19日(日)

朝起きると昨日異常発生していた無数のてんとう虫がサンバを踊りつかれたように便器で溺死している様子を確認してカドヤ別荘をチェックアウトすると再びバスで尾道への帰路へついた。途中因島大橋のインターでたこすみソフトを食った後、尾道を経由して昼過ぎに三菱重工の城下町である三原市に到着した。

三原市の須波という瀬戸内海沿岸部に最高濃度のミネラル含有量を誇るみはらし温泉という健康ランド系のファシリティが湯治客を集めているので瀬戸内海に浮かぶ島々をみはらしながら入湯するとともにWBC日韓戦第3ラウンドを大スクリーンで見物し、行儀の悪い子供を叱っている親とともに日本の勝利を祝しながら魂をサンディエゴに飛ばしていたのだった。

第二部

3月25日(土)

まるでタイムスリップしたかのように気がつくと羽田-岡山空港経由、岡山駅からJRに乗り快晴の尾道駅に午前11過ぎに到着していた。昼飯時も近くなったので、以前は何の変哲もない普通のラーメンがラーメン業界のプロモーションにより尾道ラーメンという冠をつけられてしまった麺類を多少豚の背油の浮きすぎが気になるのを我慢しながらすすりあげると、原田知世の幻影を求めておのみち映画資料館(¥500)に向かった。

資料館では期間限定で吉永さゆりの特集をやっており、いたるところに吉永さゆり主演の青春映画のポスターが貼られていたのはいいのだが、大林宣彦監督の「尾道三部作」に関する資料は薄っぺらいパンフレットの中に閉じ込められていたに過ぎなかったのたので、時をかける勢いで近隣のおのみち歴史資料館に場所を移し、尾道ゆかりの歴史的資料の見物にボ~ッと没頭することにした。

尾道観光案内地図によれば尾道にはおびただしいほどの坂道と古寺があるということなのでいくつかの古寺めぐりを敢行することにした。数ある古寺の中で頂点に君臨している千光寺にお参りするためにはロープウエイか徒歩で高台に這い上がる必要があるのだが、迷わず徒歩で登頂することにし、千光寺公園で瀬戸内名物みかんソフトを食いながら風光明媚な尾道の市街と遠くしまなみ海道の島々を見渡すことに成功した。

千光寺でこれ以上時をかけすぎると墓場に足を突っ込むことになるじじばば参拝集団をかわした後、下界に下り、西國寺の大草履がかかる仁王門をくぐり、重要文化財の金堂や三重塔を見物させていただいた。さらに歩を進めて聖徳太子の創建と伝えられ、足利尊氏ゆかりの寺として有名な浄土寺に侵入し、国宝の本堂、多宝塔のふもとで一昔前は口裂女と恐れられたものの花粉症の台頭により、今ではすっかり市民権を得た巨大なマスクをしたギャルとともに極楽浄土への道を祈ることに成功した。

浄土寺から米倉涼子が出現しそうな軽い「けものみち」を登ると浄土寺奥の院に到達し、さらにその上の標高178.8mの地点に展望台があったのでそこから尾道市内としまなみの島々や遠く四国山脈まで見渡しながら次回は桜満開のシーズンに来るべきだと考えていた。

先週訪問した三原市のみはらし温泉に夢の宿という宿泊ファシリティが併設されているのでそこの屋上の展望風呂から瀬戸内海を行き交う船を眺め、瀬戸内活魚専門店である魚三昧で名物タコ御膳を食いながらかけていった時を取り戻すべき若返りアクティビティにつとめることにした。

3月26日(日)

みはらし温泉のすぐそばにある「すなみ海浜公園」という夏は海水浴客でにぎわうであろう人工ビーチ的公園をスルーし、須波港からフェリーに乗り生口島の沢港へと上陸した。生口島は島自体が博物館や美術館のような状況であることを軽く確認した後、瀬戸田港から高速船で三原まで戻り、さらにJRで岡山へと向かった。

金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並び日本三大庭園のひとつとして君臨している後楽園(¥350)が東京ドームの3~4倍の大きさながら東京ドームほどの集客力がないという状況を確認するために侵入することにした。正門近くの売店で白桃ソフトを食った後、園内の散策に乗り出すことにした。江戸時代を代表する大名庭園である後楽園は一面天然芝に覆われ、茶室や池、桜林や梅林等の見所があり、ちょうど見ごろを迎えた梅を背にして中国人観光客が記念写真の撮影に興じていた。

東京ドームと後楽園ホールの位置的関係を再現しているかのように後楽園を見下ろす位置に岡山城がそびえていたので再現された天守閣を見上げつつ、地中に埋まっている元々の石垣を見下ろし、時の移ろいのはかなさを感じながら山陽地区を後にしたのだった。

第三部完結編

4月1日(土)

東京の桜はすでに満開の時期を迎えており、日本を代表する桜の名所である尾道千光寺での桜吹雪を期待して今週も飛行機を飛ばして広島空港から尾道まで満を持してやってきた。尾道駅に到着して薄ら寒さを感じながらも千光寺へと続く階段を駆け上がると徐々に桜の木が見え始めたのだが、桜並木の大半を形成するソメイヨシノは未だにつぼみのままであったのだった!!

原田知世のようにその場で♪時をかける♪ことが出来れば満開の桜を目にすることが出来たのだろうが、遠山の金さんよろしく♪気前がよ~くて、二枚目♪な私に対してもついに桜吹雪は舞ってくれることはなかったのでしなだれた気分を引きずって下界に下りて宝土寺の枝垂桜の見物でお茶を濁しておいた。

尾道の路地には古き良き時代の日本の光景が残っており、その証拠に至る家屋に汲み取り式便所が残っており、バキュームカーがバキュバキュと糞便を吸い上げている光景を目にしながら先週同様西國寺、浄土寺の観光コースを散策した後、フェリーに乗って生口島の瀬戸田港に向かった。

島の高台の向上寺という古寺に国宝の三重塔がそびえているので軽くお参りした後、しまなみを代表する観光ファシリティである耕三寺博物館(\1,200)を訪れた。耕三寺は耕三寺耕三和上という成金系のおっさんがもともと母上の老後のために建てた豪邸をご母堂逝去に伴い大改築し、巨大な寺に仕立てあげたという昭和を代表する寺院である。寺院内のお堂や塔の数々は飛鳥~江戸時代にかけての代表的仏教建築の様式や手法をパクったものであるが、境内はマサに極楽浄土の雰囲気を醸しだしているのだ。

瀬戸田港から再びフェリーに乗り、大三島の井口港に上陸した。本日の宿泊地であり、楽天トラベルに予約させておいた富士見園は港近くに位置しており、早速チェックインしてかぶとの間という部屋にマジンガーZを操縦する兜こうじがパイルダーオンする要領で入室し、さらにまだ十分に沸きあがっていない塩風呂で長時間塩漬けにされた後、念願の食事の時間と相成った。

隅に追いやられたカラオケセットが侘しい大広間の食卓上にはおびただしい種類の瀬戸内海の魚介料理がところ狭しとならんでいた。さらに女将が白魚の踊り食いをオファーしてきたのでその施しを受けることにした。ワイングラスに佇んでいる生きた白魚にポン酢をかけるといきなり白魚がダンスを始めた。それらを一気に口に含むとダンシングクイーン(アバ)、ダンシングオールナイト(門田&ブラザーズ)、ダンシングヒーロー(荻野目洋子)のリズムが同時に奏でられ、♪今夜だけでもシンデ~レラボ~イ♪の感覚を味わいながら12時までの夜を過ごすことが出来たのであった。

4月2日(日)

白魚リズムで踊り狂った感覚を引きずりながら富士見園をチェックアウトし、小雨そぼ降る中バスで大山祗神社に向かった。日本総鎮守である大山祗神社には樹齢約2,600年の神木である大楠が鎮座しており、スギ花粉によるくすぐったい感覚を味わうことなく、参拝に励むことが出来る神社であることが確認された。

大三島の西岸に日本たばこを敵にまわしながら奮闘している伯方の塩製造工場があり、その横にマーレ・グラッシア大三島(\500)という海水を加熱した風呂を売り物にしている健康系のファシリティがあったので雨宿りついでに入湯しながら塩辛い気分を満喫することにした。

乗り間違えたバスにより到着した僻地から徒歩で多々羅大橋に向かう道すがら体内の余分な塩分調整を行い、道の駅「多々羅しまなみ公園」の絶景を見物した後、しまなみ高速バスで福山に向かった。十分に花見が出来なかった憂さをはらすために車内で福山雅(マサ!)治の桜坂を熱唱しようと思ったのだが、カラオケセットを完備していなかったので♪ウ~イェ~イ♪という捨て台詞を残して福山から岡山経由東京に戻り、夜桜の吹雪をあびながら尾道三部作を完結させることと相成ったのであった。

総飛行機代 \1,900 + \7,400 + \4,200

総JR代 \4,570

総バス代 \11,970

総フェリー代 \2,310

総宿泊費 \12,750(二食付き) + \7,350 + \10,000(二食付き)

協力 ANA、楽天トラベル、みはらし温泉(http://www.morikawakanko.com/

FTBJ炎の離島デスマッチ第?弾 in 粟国島

マサよ、君は那覇市の北西およそ60kmの海上にぽっかり浮かんでいる穴場に上陸し、穴に入ったり、生命の源である海の資源を満喫したことがあるか??

私は・・・はまってしまった・・・・・

3月4日(土)

マサよ、君は飛行機に乗る前に体重測定を強要されたことがあるか!?

ということで、午前6時40分発ANA969便で沖縄に到着し、その足で紅芋ソフトをなめなめJALのターミナルに移動し、琉球エアーコミューターのチケットを入手すると1階の28番ゲートで搭乗手続きをする運びとなった。ここで宮里藍系の沖縄顔をしたおね~ちゃんに手荷物を持ったままで体重計に乗ることを強要され、その結果私のシャープな肉体が搭乗基準にマッチしていることが科学的に実証されたのであった。

マサよ、君はパイロットの真後ろの座席に着席し、一蓮托生のコーパイ気分を味わったことがあるか!?

というわけで、琉球エアーコミューターが誇るBN-2機9人乗りプロペラ機はシートを倒して後部座席の乗客を搭乗させるという脅威の優先搭乗体制を取っており、私の座席は乗客キャビンと一体となったパイロットの真後ろにアサインされた。私のわずか1mとなりで回っているプロペラがけたたましい音をたてて回り始めるとほどなくして飛行機は那覇空港を離陸し、約20分の低空飛行で粟国空港に滞りなく到着することに成功した。

周囲12kmの粟国島は沖縄本島北部60kmに位置しているものの島の雰囲気はマサにのどかな田園そのものである。空港から歩いて集落を抜けて東の方に歩いていると放し飼いにされているヤギや放牧されている牛に遭遇し、また地鶏系の鶏が駆け回っている整備されていない牧場を抜けるとマハナという展望台に到着した。ここは海抜87mの断崖絶壁で、先端は筆ん崎と呼ばれ凝灰岩が凝縮した岩場の高台で天気のいい日には近隣諸島や沖縄本島も見渡せる絶景スポットである。

マハナから下界に下りている途中で島の風景をスケッチして歩いているという行き倒れ系のおじさんに道を尋ねられた。そのおじさんには道のかわりにデジカメだとそのスケッチより簡単に風景描写が可能なことを教えてやろうと思ったが、「丘の上にはもっとすばらしい景色があるぜ!」とさらに過酷な試練を与えることにした。

午後1時過ぎにはフェリーターミナル周辺に民宿や住居が密集する浜集落に到着したのでプチホテルいさにチェックインを試みたのだが、準備が出来ていなかったので近隣を散策することにした。島の南岸から東岸にかけて風光明媚な海岸風景を目の当たりにすることが出来る優雅な遊歩道が整備されており、ところどころに屋根付き、テーブル付き休憩スポットも設置されている。さらに北進すると長浜ビーチに到着し、そこでは白砂の上に寝そべって無防備に日焼けをしている若者旅行者や浅瀬に網をしかけて熱帯魚の一網打尽を画策している地元のおじさん等の穴場ビーチ特有ののどかな風景が展開されていた。

裏の畑での井戸端会議に花が咲き、戻りが遅くなったおかげで私のチェックインを遅らせてしまったプチホテルいさのおばちゃんの後悔の言葉に見送られて2階の海側の部屋に引きこもり透明な海に沈む夕日を眺めながら浮世から離れた隠れ家気分を十分満喫させていただいた。

3月5日(日)

一夜明けても井戸端会議によるチェックイン遅れを一大事のように後悔しているおばちゃんに見送られてプチホテルいさをチェックアウトすると集落を抜けて島北部の洞寺(テラ)に向かった。洞寺は約200年前に那覇の僧侶が「水上を下駄履きで歩ききってやるぜ!」という賭けを催し、ゴール寸前で賭け相手の僧侶の呪文の影響で片足を水没させてしまい結局賭けに負けて流刑になり、この地で余生を送ったという場所である。ここには心霊現象が多発しそうな不気味な鍾乳洞があり、人が入ってくると霊力?で自動的にライトアップされ、幻想的な蒸し暑空間を提供している霊場である。

洞寺で冷や汗をかき体内の塩分を消費してしまったので塩分補給のために塩工場に向かった。沖縄海塩研究所が生産する粟国の塩は高級塩として有名で高級料亭やこだわり塩ラーメンに高値で塩を卸すために日夜フル稼働の生産体制を取っている。工場を見学したい輩は事務所に来いと書いてあったので事務所に行くと僻地の工場には似つかわしくない化粧無しでも綺麗系のおね~ちゃんが長靴履きで工場案内をしてくれるシステムになっていた。パンフレットとお土産の粟国の塩を手に工場見学を開始させていただくと工場内には特に「なめてんじゃ~ね~ぞ!」という注意看板もなかったので釜で煮詰められている塩を舐めながら塩分の補給をすることに成功した。通常土産を買わないことで知られている私であるが、今回は無償工場ツアーと塩分補給のお礼の意味でここで一番高い「生命の源」という海水を1000倍以上に濃縮し、体に必要な微量元素を残したものを9cc、\1,500で購入させていただいた。

というわけで、塩工場にて体内に生命の源をみなぎらせ、再び島南岸の風光明媚な沿岸風景を潮風に吹かれながら満喫した後、フェリー粟国が一日一往復運行している粟国フェリー(¥2,770)に乗り込み、那覇のとまりん港に帰っていったのだった。

総飛行機代 ¥400(ANA)、\8,250(琉球エアーコミューター)

総フェリー代 ¥2,770

総宿泊費 ¥6,500(2食付き)

総モノレール代 ¥260

協力 ANA、琉球エアーコミューター、フェリー粟国、(株)沖縄海塩研究所

FTBJ炎の離島デスマッチ第?弾 in 淡路島 with 有馬温泉たこシリーズ

FTBの起源年である1998年のゴールデンウィーク、時は私の拉致被害者となるマサをサンフランシスコで発見する約2ヶ月前のことであったろう。当時はるばる成田から車で北九州の実家に帰る道すがらに四国に寄ることを決めた私は明石海峡大橋を渡り、淡路島をスルーして徳島に入っていった。しかし、ここで犯した重大なミスは淡路島のすばらしさを見過ごしてしまったことであるので今回あらためて淡路島に上陸し、本州と四国の掛け橋になるべくFTBツアーを敢行することにした。

2月25日(土)

♪こ~べぇ~、泣いてど~なるのか~♪ song by Hiroshi Uchiyamada with Cool five

ということで、2月16日に開港した神戸空港は日本のお家芸である税金の無駄遣いになってないだろうかという疑問の解明も含めて午前6時45分発羽田発神戸行きANA411に搭乗し、午前8時前に神戸空港に到着すると軽く空港内ファシリティのチェックを行い、ポートライナー(\320)に乗車するとわずか20分程度で三宮駅に到着した。従って、清原率いるオリックス・バッファローズの選手をはじめとする神戸市民にとってはこの上なく便利な空港であることが瞬時に確認されたのであった。

マサよ、君は有馬温泉に2つのテイストがあることを知っているか!?

というわけで、神戸近郊に存在する日本三大名湯かつ日本三大古湯のひとつに数えられる有馬温泉に三宮から1時間以内で到着すると温泉街をスルーして六甲有馬ロープウエイに向かった。神戸空港開港記念キャンペーンの展開によりマサであれば¥1,770かかるところをわずか¥500で往復記念搭乗券を入手すると早速空中遊泳に乗り出すことにしたのだが、ロープウエイ内では関西系オバタリアンに取り囲まれ、ボケと突っ込みとへらず口がついぞ途切れることはなかったのだ。 

約12分間空から六甲の針葉樹林を見下ろすとロープウエイは六甲山頂駅に到着した。阪神ファンの心のふるさと、六甲おろしの源である山頂で井村屋の肉まんの倍のコストで味は大して変わらない神戸中華街から提供されている豚まんを食いながら神戸港の遠景を眺め、そのままロープウエイで有馬温泉まで帰ってきた。エンタの神様より面白いおばちゃんらのボケ・つっこみであやうく掻き消されそうになったのだが、ロープウエイ内のアナウンスを聞いていると有馬温泉には鉄分を豊富に含んだ赤茶色の金泉と炭酸を含んだ無色透明の銀泉の2つの源泉があるそうだ。

有馬温泉駅到着後、早速金泉(¥650)の方に入湯することにした。永谷園の赤出し味噌汁を髣髴とさせる湯船は底が見えないため、数多くの入浴客が人の足を蹴ったり、踏んだりして恐縮しながら、鉄分・塩分を体内に取り込んでいた。温泉でゆでだこのように湯だった体をさますために明石まで足を運び元祖たこ焼きとして有名な本家きむらやで玉子焼(¥800/20ヶ)という玉子をふんだんに使った生地で焼き上げたふんわりたこ焼きを出し汁につけながら賞味させていただいた。

マサよ、君は明石海峡大橋の恐るべき競合相手として君臨しているたこフェリーを知っているか!?

ということで、明石港と淡路島の岩屋港をわずか20分で結ぶカーフェリーがたこフェリー(¥320)というインパクトのある名前で八方手を尽くして乗船客を集めているので乗って見ることにした。ゆでだこ文様を船体にあしらったたこフェリーの代表選手であるあさしお丸は終始明石海峡大橋のあらゆる角度からの眺望を乗船客に提供しながらその目的地である岩屋港に着岸した。 

淡路島北部の淡路町の沿岸に絵島という自然岩がのんきな釣り人とともに異様な存在感を示していたので軽く上陸し、その後淡路交通のバスで淡路島の心臓部である洲本に1時間以上かけて到着し、偽プリンスホテルである淡路プリンスホテルに引き払ったころにはゆで上がった体はすっかりさめていた。

2月26日(日)

朝からの大雨のため淡路島最大の売り場面積を誇るイオングループのジャスコで♪フッフ~♪と歌いながら時間潰し兼雨宿りを行った後、洲本高速バスターミナルから次々に発車される関西や四国方面行きの高速バスを尻目に再び淡路交通のバスで岩屋港まで戻ってきた。岩屋への道すがらに淡路夢舞台という植物園や野外劇場、国際会議場等を備えた巨大なファシリティ群が君臨し、その中核にウエスティンホテルがそびえているのを車内から確認し、岩屋でバスを乗り換えて北淡震災記念公園に向かった。

20年後に活断層の研究を始める予定の私にとって1994年1月17日に発生した阪神淡路大震災により現われた野島断層は格好の研究対象である。平成10年7月31日に国の天然記念物に指定された野島断層は現在では北淡震災記念公園(¥500)として生まれ変わっており、断層は屋根付き、おね~ちゃんの解説付きで大切に保管されている。ここでのアクティビティは隆起した断層による地表の変化の見物もさることながら、メモリアルハウスとしてさらしものにされている断層が横切る民家への侵入と震災と同じ震度7の揺れが体験出来る震災体験館である。従って、姉歯建築士やヒューザーの新入社員研修にふさわしいファシリティであることが大いに実感された見学となったのであった。

野島断層から5分ほど歩くと富島港に到着し、そこから淡路ジェノバラインという高速船(¥600)が30分おきに出ていたので被災した気分で乗船し、明石へと帰って行った。JRで難波まで移動し、道頓堀の本家日本一の大たこ焼き屋で大味なたこ焼きを食った後、20年後の阪神の優勝を祈願して関西地区を後にしたのであった。

総飛行機代 ¥4,600

総宿泊費 ¥5,950(朝食代込み)

総フェリー代 ¥920

総バス代 ¥3,330

総鉄道代 ¥4,040

総たこ焼き代 ¥1,750

協力 ANA、たこフェリー(http://www.taco-ferry.com/)、淡路・ジェノバライン、淡路交通

FTBJ炎の離島デスマッチ第?弾 in 小豆島

♪瀬戸は、日暮れて、ゆうな~み、こ~なみぃ~♪

ということで、♪おさない弟♪よりもさらに年下の大澄賢也をたぶらかしてあげくの果てに慰謝料で借金まみれにした小柳ルミ子がかつて推薦した瀬戸内海の島々で圧倒的な存在感を示している小豆島に上陸し、地中海を髣髴とさせる思いのほか美しい景色を堪能することと相成った。

2月11日(土)

ANA651便にて羽田から岡山に移動すると空港バスで岡山駅まで走り、さらに市バスで新岡山港に向かった。午前11時50分発の高速艇(¥1,400)に乗り込むと約35分の瀬戸内海クルーズで小豆島の土庄港に着岸した。淡路島に次いで瀬戸内海で2番目に大きい小豆島の岡山航路である土庄港は島の西岸に位置しており、そこから徒歩で島の南部に沿って進行することにした。

島の西南部は美しい瀬戸内海に面し、いくつかのリゾートホテルが軒を連ねている。小豆島国際ホテルの裏手のビーチにエンジェルロードという干潮時に近隣の小島までの砂道が忽然と開けるスポットがあり、ここを通った輩はまぐれで幸せになれるかも知れないということでビーチ沿いの掲示板に多くの願い事が書かれた札が垂れ下がっていた。

さらに「福田27km」という看板を見上げて国道436号線を東に向かって5km程歩いていると突然「ポ~パ~イ、ポ~パ~イ」と助けを呼ぶか弱い女性の声が聞こえてくる気がしたので缶入りほうれん草を一気食いした勢いでそちらに向かって見ると前方に東洋オリーブ(株)という看板が立ちふさがっていた。そう、ここ小豆島は日本有数のオリーブの産地で地中海に似た気候を生かして島のあちこちでオリーブが栽培され、島をあげて油を売っているのであった。

高松行きのフェリーが出航する池田港を過ぎて午後3時過ぎに本日の宿泊先である国民宿舎小豆島にしけこみ、高台から見下ろす美しい景色を展望温泉風呂である美人の湯から堪能させていただいた。また、この宿舎は天皇陛下が小豆島に行幸した際に昼食を出したとかでその時に使用した食器類が食堂にこれみよがしに展示してあった。今日は夕食に板長いちおしのオリーブコースを予約しておいたので数十年前は瀬戸の花嫁として活躍したであろうバイトのおばちゃんの給仕を受けながら瀬戸内の海の幸に舌鼓を打っていた。

2月12日(日)

意外にも雪の舞い出した天候にもかかわらず国民宿舎の裏手の山から池田港を見下ろし、そのまま下界に下り、バスで土庄港に戻ってきた。ジャパンレンタカーで軽自動車をレンタルすると島の南東部のとある岬を目指した。小豆島の村おこしの目玉であり、島民最大の誇りとするファシリティが「二十四の瞳映画村」(¥750)として栄えているので満を持して見物に行くことにした。

小豆島を舞台とした小説であり、映画化もされた二十四の瞳は戦前から戦後の岬の分教場を舞台としており、ロケ用の舞台セットがそのまま映画村として保存されているのだが、実際は田中裕子ワールドと化しているようにお見受けされた。おしんでの名演技が認められ、おしんも押されぬ名女優の座を不動のものにした田中裕子は昭和62年に再映画化された「二十四の瞳」の大石先生として活躍し、その美貌をいかんなく発揮していた。ここでは美しい岬の風景と昭和初期の建造物群、1日に3回上映される「二十四の瞳」を堪能することが出来、現在は沢田研二夫人として内助の功に徹している田中裕子の在りし日のスクリーンの姿に涙することが出来るのだ。http://www.24hitomi.or.jp/top.html

映画村はあくまでも映画のセットの名残を保存して喜んでいるのだが、その近くに実際の授業を展開していた岬の分教場が観光施設として残されている。映画村の方はマサに田中裕子が仕切っている感があるのだが、分教場の方は元祖「二十四の瞳」で主演を果たした高峰秀子が存在感を示していた。http://www.co-cfc.co.jp/detail.msp?id=839

島の中心に標高600mほどの山があり、その道のりには雪が積もっていたのだが、軽自動車のアクセルを踏みしめて瀬戸内国立公園が誇る日本三大渓谷美のひとつである寒霞渓へ向かった。途中車を止めてロープウエイで行くという手段もあるのだが、往復で¥1200以上もぼったくられるのでそのまま車で頂点を目指すことにした。寒霞渓の頂点の食堂にて小豆島名物のそーめんを食った後、いくつかの展望個所から木々や岩や海が織り成す多様な景色を十分に堪能させていただきながらここには紅葉のシーズンに訪れるのがベストであろうと思いを巡らせていた。

マサよ、君はギネスに認定されている世界一狭い海峡が小豆島くんだりに存在していることを知っているか!?

ということで、土庄港の近辺に小豆島が世界に誇る最小幅9.3mの土渕海峡が全長2.5kmに渡って横たわっている。一見すると通常のどぶ川にしか見えないので観光客は看板が出ているところまでわざわざ足を運んで記念写真を撮らなければならないのだ。

*小豆島ファーストフード情報

 香川県が誇る代表的観光地である小豆島のファーストフードはうどんや手延そーめんであり、マックやモスバーガー等のハンバーガー屋を発見することが出来なかったので、ウインピーのように「火曜日には必ず返すからハンバーガーをごちそうしてくれよ!」という輩から声はかけてもらえなかったので映画村で名物オリーブソフト(¥250)を食ってお茶を濁しておいた。

FTBサマリー

総飛行機代 ¥1,900

総宿泊費 ¥10,915(2食付き)

総バス代 ¥2,290

総高速フェリー代 ¥2,800

総レンタカー代 ¥5,200

総ガソリン代 ¥919

協力 ANA、ジャパンレンタカー、両備フェリー